エヴァンジェリスト氏の懸念は杞憂ではなかった。
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その日、ビエール・トンミー氏は再び、あのエーデルワイス(コーヒー)を飲ませてくれるあの喫茶店にいた。今回は、一人であった。散歩の途中だ。
エーデルワイスを飲みながら、左手の甲を見ていた。そして、口元にアルカイックスマイルを浮かべた。
「せんせえ……」
まるで、小学校の児童のように云った。
せんせえ(●●●子講師)の唾が左手の甲につき、しかし、それと知らぬ間に、その手を口に当てたのだ。間接キッスだ!
本当に小学生並みの奴だ。還暦の爺さんなのに。
しかし、その時であった。
黒い影のようなものが、ビエール・トンミー氏の横を通った。芳しい匂いがした。
ビエール・トンミー氏は「影」の方を見た。
全身黒っぽい服を着た若い女性であった。女性は、モナリザの微笑を浮かべた………
その瞬間から、ビエール・トンミー氏は意識を失くしていた。いや、気を失ったのではなく、起きてはいたのだが、その後(モナリザの微笑を見た瞬間から)、自分がどうしたのか、どのようにして渋谷に、円山町に来たのか、記憶を失くしていたのだ。
いや、その時もまだ、ビエール・トンミー氏は「意識」を取り戻していた訳ではなかった。全身黒っぽい服を着た若い女性と腕を組んで円山町を歩いていたその時も。
ビエール・トンミー氏は知らなかったのだ。
全身黒っぽい服を着たその若い女性は、スナイパーであったのだ。怪人2号の刺客である。
「狙った獲物は絶対に逃さないのよ。アタシって、百発百中なのよ」
と豪語する名うてのスナイパーであった。
腕を組む二人は、いよいよソコに入ろうとした。しかし-
ソコに入ろうとし、門を潜った瞬間、ビエール・トンミー氏は何かに弾かれたかのように、全身黒っぽい服を着た若い女性と組む腕を突き放し、彼女から離れた。
雷に打たれたような、といった表現が妥当かもしれない。ビエール・トンミー氏は「意識」を取り戻した。
「き、き、君は一体、何者だ!」
「な、な、何よ、爺さんこそ!アタシに変なことをしようとして!」
「えっ!?う、う、嘘だ。ボクには、せんせえという存在があるのだ。いや、妻がいるのだ」
「このお、変態!」
「ウオー!」
変態と呼ばれ、ビエール・トンミー氏は叫び声を上げ、その場から全速力で立ち去って行った。
「何が起きたのよお。あと一歩だったのに」
その瞬間、門の影から何か動物のようなものが走り去るのを見た。
「ええっ!?何、何、何?...........まるで、鹿のような…….」
そう、それは鹿であった。いや、正確には人間鹿であったのだ。
そして、人間鹿と云えば、ご存じの通り、そうカレであった。
一体、円山町で今、何が起きたのか?そして、カレ(人間鹿)は何故、そこにいたのか?そこにいて何をしたのであろうか?
全身黒っぽい服を着たその若い女性は、途方に暮れ、そこに立ちすくんだままであった。
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