「舘ひろしにはなれない。なれないんだあああ!」
エヴァンジェリスト氏が、悲痛な叫びを上げた。
あの傲岸不遜なエヴァンジェリスト氏とは思えぬ狼狽えぶりであった。
ソレも、エヴァンジェリスト氏には大変な衝撃であったのだ(参照:【衝撃】先輩になった日)。
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「あぁ、ボクにはウインクができない……できないんだああ!」
薄くなった髪をかきむしった。
「舘ひろしにはなれない。…….そんなことも分っていなかったなんて。ボクとしたことが……」
いや、エヴァンジェリスト氏が全くウインクできない訳ではない。
鏡に向ってウインクの練習をするエヴァンジェリスト氏を私は目撃した。それは、赤いタオルを首からさっと取り、リング上から観客席に投げ込む練習を鏡に向ってしていたアントニオ猪木を彷彿させるものであった(参照:赤いタオル)。
しかし、それはウインクと云えばウインクではあったが、「うぬぼれ営業」氏的に、どちらかと云えば(参照:【呉市音戸町波多見】どちらかといえばキリスト教。どちらかとえいば平家。(後編))、それは片頬がひきつらせた、といった方が正しいものであったろう。
舘さんは夏菜にウインクした。いや、舘さん扮する大先社長が,夏菜扮する純にウインクしたのだ。
舘さんが今、出演中のNHKの朝ドラ「純と愛」での中のことである。
舘さん(大先社長)が夏菜(純)にウインクするのを見た時、エヴァンジェリスト氏は気付いたのだ。
舘さんの代りに自分が「純と愛」に出演していたら、ウインクができないといけなかったのだ。
「ええっと、ウインクって、どうやるんだったけ?」
自問した。そして、気付いたのだ。自分はうまくウインクできないことに。舘さんのようにダンディにウインクすることができないことに気付いたのである。
鏡向って練習しても駄目であった。
「舘ひろしにはなれない」
「そんなことハナから分っていましたが」
「ウインク云々の問題ではないと思いますが……」
「舘ひろしにはなれない」
「いいいですか、アナタは元々、舘ひろしにはなれないし、なる必要なんかないんです」
何故、私がエヴァンジェリスト氏にこんなことを云わなくてはいけないのか分らなかったが、取り乱したエヴァンジェリスト氏をほおっておく訳にはいかなかった。
「舘ひろしになる必要がない?」
「アナタは舘ひろしになる為に石原プロ入りしようとしていたんですか?」
「いや、そういう訳ではない…..」
「石原プロの窮状を救うのに、何もアナタが舘ひろしになる必要なんかないんです」
「そうか…..」
「それにアナタは舘ひろし程、ダンディではありません」
「なにぃ」
「ダンディではないアナタが大先社長になってウインクしたとしても様になりません」
「まあな….」
「アナタは舘ひろし程、ダンディではありませんが、舘ひろしより2枚目です」
「まあ、それはそうなんだが」
「別の大先社長像っていうものがあってもいいでしょう」
「おお、そうだ!その通りだ。ユカワに云えばいいだけのことなんだ!」
「ユカワ?」
「遊川和彦だ」
「脚本家の遊川和彦ですね。『純と愛』の脚本も書いている、『家政婦のミタ』の遊川和彦ですね」
「アイツは1期下なんだ」
「はああ?」
「アイツも広島で育ったんだ。高校は、アイツは修道高校で、ワシとは学校は違ったが、1955年生れで1期下なんだ」
「だから、何なんですか!?」
「遊川和彦に、ワシにあった大先社長を描かせればいいだけのことだったんだ」
ああ、元気を取り戻したのはいいが、また傲岸不遜になってしまった。
「舘ひろしにはならないぞ!」