2012年2月24日金曜日

【ミステリー】女房を返せ、反町隆史よ!(前編)



「女房を返せ、反町隆史よ!」

...............帰宅したエヴァンジェリスト氏が見たのは、膝に両肘をつけ、そこにのせた自らの顔を突き出すように、相対した若い男に満面の笑みを向けるマダム・エヴァンジェリストの姿であった。

何を話しているのかは分らなかった。分ったのは、マダム・エヴァンジェリストにはこちらの声が届いていないことであった。

すぐ側で「ただいま」と云っているのだが、返事がない。

「ご飯は......?」と云ったが、振り向く様子は全くない。「ちょっとぉ!」と云っても無駄であった。

..........その後、晩ご飯をどうしたのか、記憶がない。

マダム・エヴァンジェリストは相変らず若い男から目を外さず、嬉しそうに語りかけている。

何を話しているのかは、分らなかった。

「風呂に入るね」と云っても、関心がないというか、エヴァンジェリスト氏の存在を全く感じていないようであった。

若い男が何故、ウチにいるのかが分らなかった。

勝手に上がり込みやがって、と思ったが、マダム・エヴァンジェリストが話しかけているのだから、「勝手に」とは云えない。

若い男もぼそぼそと口を開いているように見えたが、何を云っているのかは分らなかった。分るのは、マダム・エヴァンジェリストがとにかく嬉しそうであることであった。

....と、若い男としか見えていなかった男が反町隆史であることが分った。

38歳の反町隆史が「若い」かどうか本来、疑問なところであるが、58歳のエヴァンジェリスト氏から見たら「若い」のは確かであった。

何故、反町隆史がウチにいるのか分らなかったが、そんなことより、疲れて帰ってきた亭主をそっちのけで「若い男」に文字通り首ったけになっている妻が許せななかった。

いい加減にしろ、と思った。

と思ったら、云っていた........「そんなにソイツが良かったら、ソイツと出て行ってしまえ!」

「あ、そう」

それでも何を云っても反応のなかったマダム・エヴァンジェリストが、応えた。

そして、応える間もなく、マダム・エヴァンジェリストは反町隆史と出て行ってしまった

181cmと背の高い反町隆史の左腕に両手をかけてぶら下がるようにして、反町隆史の方に顔を向け、こちらを振り返ることもなく、出て行ってしまったのであった。

まさか本当に出て行くとは思っていなかった。しかし、出て行ってしまったのだ。

「女房を返せ、反町隆史よ!」



(明日に続く)

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