「ここの(このお店の)ソフトクリームは絶品ねえ」
コーヒーゼリーの上にのったモカソフトを口にしながら、愉悦の表情を浮かべるマダム・トンミーであった。
何年ぶりであろうか、夫が喫茶店に誘ったのだ。
「ああ」
ビエール・トンミー氏は、久しぶりのエーデルワイス(コーヒー)を口元から外し、ソーサーに置きながら、穏やかな言葉を吐いた。
[参照]
「アナタ、最近、変ったわねえ。なんだか爽やかになったわ、妙な髭を剃ったからかしら」
それはそうだろう、自分は解脱したのだ。悟りを開いたのだ。ビエール・トンミー氏は、妻の言葉で、自分が悟りを開いたことをあらためて実感した。
そこに一瞬、風が吹いた。黒い影のような女性が二人のテーブルの横を通ったのだ。
全身黒っぽい服を着た若い女性であった。
「オープンカレッジで西洋美術史を勉強していることもいいのかもね。向こうの美術ってみんな、宗教的な背景があるのでしょ。きっと心が清められるのね」
ビエール・トンミー氏の●●●子先生への邪心を知らぬマダム・トンミーは無邪気であった。
しかし、その時、ビエール・トンミー氏はもう、妻の言葉が耳に入ってはいなかった。
ビエール・トンミー氏の目は、全身黒っぽい服を着た若い女性の下半身に釘付けになっていたのだ。
鼻腔も開いていた。なんだか芳しい匂いがしていたのである。
「あら、この匂い…」
マダム・トンミーもその匂いに気付いたようであった。
「l'eau the one(ロー ザ・ワン)だわ」
そうだ、それはl'eau the one(ロー ザ・ワン)であった。男を虜にするとも云われる香水であった。
そして、実際に、既に一人の男が既に虜にされていたのだ。
l'eau the one(ロー ザ・ワン)は、ビエール・トンミー氏の目がその下半身に釘付けになっている全身黒っぽい服を着た若い女性から漂ってきていたのだ。
ビエール・トンミー氏もマダム・トンミーも、自分たちに背を向けている全身黒っぽい服を着た若い女性が不敵な笑みを浮かべていることを知らなかった。
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