あるオープンカレッジの西洋美術史の講座でのことであった…….
仙人風に顎に白い髭を生やした老人が悶絶した。口から泡を吹いた。
老人は聞いたのだ。確かに、両の耳でその言葉を聞いたのだ。
「インモー」
美人講師の誉れ高い●●●子先生が、この言葉を発せられたのである。
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エヴァンジェリスト氏が友人に訊いた。
「悶絶したんだって?」
「えっ?!」
ビエール・トンミー氏の表情は、明らかな動揺を示した。
「泡を吹いたんだろ?」
「何のことだ」
「隠しても無駄だ。ネタは上がっているのだ」
「知らん、知らん!」
「例のナントカっていう美人講師だろ」
「…….」
「その美人講師が、西洋美術史の講義の最中に卑猥な言葉を発したというではないか」
「そ、そ、そこまで…」
「この助平ジジイ!」
「いや、違う、違うんだ!」
「何も違いはしない。君は美人講師の卑猥な言葉に悶絶したのだ」
「そうじゃあないんだ。先生は、先生は卑猥な方ではない!」
「往生際の悪い奴だ。卑猥な女講師に助平ジジイ、という構図だ」
「し、し、失敬な!確かにボクは助平だ。それは否定はしない。しかし、先生は違うんだ!
ビエール・トンミー氏の表情は、動揺から信徒の真剣さを示すものに変っていた。神を守る信徒の必死の形相とでもいうものに変っていた。
「先生は確かに『インモー』と仰った。しかし、それは学術的な言葉なのだ。極めて学術的なお言葉なのだ。
西洋のある画家が革命を描いた有名な「絵」が、サロンで発表された時に不道徳と酷評されたというのである。
それは何故か?
そのキーワドーが、それだというのである。『インモー』という言葉である。
では、「へあ」及び「わきげ」は、どうであろか?
もうお分かりであろうが、サロンでは、その「絵」にはこれらの物質が描かれているのがケシカランとなっただそうだ。
ああ、その単語を●●●子先生がはっきり発音されたのだ。
「もう一度繰り返す。『インモー』と、●●●子先生が発音された。確かにそう仰った。しかし、この単語は西洋美術史の重要な専門用語なのだ」
「ほー、理屈を云うものだ」
「ボクはこの文字を、『陰毛』という活字で見たことはそれこそ数限りなくあるが、人間が実際に発音するのは長い人生で初めて聞いた。それも尊敬する女性が、あの美しい博学な●●●子先生が実際に発音されたのだ」
立て板に水といった調子てビエール・トンミー氏は語る。
「ボクはあの講義に深い感動を覚えた。あの『絵』に関しては、他にも沢山の解説があったが、余りに感動した。あのお言葉に感動した。ボクはこの専門用語以外は全部忘れてしまった」
語るに堕ちる、とはこのビエール・トンミー氏のことを云うのであった。
(おしまい)
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