「何だか、少し匂いませんか?香水つけましたか?」
新年早々、アオニヨシ君が訝しげそうな表情を浮かべ、エヴァンジェリスト氏に訊いた。
「ワシではない」
「そりゃそうですよね」
「何故だ!?」
「アナタには加齢臭はあっても華麗な匂いがある訳ありませんよね」
「なにい!」
そんな親子のような会話を聞きながら、ドルト氏は微笑んだ。
『ワタシだ。その香水の主はワタシなんだ』
誰もそのドルト氏の心の声を知らない。
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その朝、家を出る際に、妻(マダム・ドルト)が訊いてきた。
「あら、アナタ、香水つけるようになったの?」
やはり気づいたか。
「いつ買ったのよ?」
昨年(2014年)、広島に出張した際に、『そごう』で買っておいたのだ。
「どうして香水つけるの?」
まあ、そう質問してくることは予期してはいた。答も用意してあった。
「まあ、いいけれど。アナタもそろそろ加齢臭がしてくる年頃だし、身だしなみね」
勝手に理解してくれた。
―――――――
通勤電車で早速、『効果』が出た。
混み合った車内で側に立ったご婦人が振り向き、なまめかしい目でこちらを見上げてきた。
『来た、来た、来たあ!』
と思ったが、どう見ても自分より年上であったので、ナニもしなかった。
若作りであったので、振り向くまでは少しは『期待』があったが、『アイテ』をするには少し辛そうであったのだ。
―――――――
「でも、いい匂いですよね。ほんのりですけどね」
アオニヨシ君はさすが『鹿』だけのことはある。嗅覚が優れている。
「男性用の香水ですよね」
まあ、間違いではないが、香水という程、強いものではない。オードトワレだ。
『広島そごう』の新館2階の『BVLGARI』ショップで買ったのだ。『BVLGARI pour homme』だ。
「そんないい匂いがするかあ?」
年寄りのエヴァンジェリスト氏には分らないようだ。嗅覚も衰えているのだろう。
「しかし、男が香水なんかつけてどうするつもりだ。ビエール(トンミー氏)でもあるまいし、『フレグランス作戦』を使う奴がこの会社にいるのか?」
ここにいるのだ。ワタシだ。どうして、気づかないのだ?
まあ、ワタシはどう見ても、ビエール・トンミー氏にように、『フレグランス作戦』を使うおちゃらけた存在ではないのだから仕方はない。
―――――――
社内を少し歩いてみた。
やはり『効果』はあった。すれ違う若い女性社員は全員、振り向くのだ。これまでにはないことだ。
少なくとも、ここ10年間にはなかったことだ。もっと若い頃には、フレグランスに頼るまでもなく、女性にモテタものだ。
妻もその一人だ。妻は男性たちの憧れの的であったが、その憧れの的の憧れがワタシであったのだ。
しかし、こんなにモテルのは久しぶりだ。しかも、フレグランス効果だけのことではないのだ。
振り向いた女性たちの視線が普通ではないのだ。匂いに惑わされただけなら、その匂いの主がオジサンと解り、ガッカリした表情を見せるはずだが、振り向いた後、はっとした表情を浮かべるのだ。
40歳を超え、自身知らぬ間にオジサン化していたのだ。ツクリはいいのに、オジサン化していた為に、徐々に若い女性に振り向くこともされなくなっていたのだ。
しかし、『BVLGARI pour homme』が変えてくれたのだ。
『BVLGARI pour homme』は、ただ女性たちを振り向かせただけではなく、ワタシ自身の心の持ちようも変えてくれたのだ。自信を取り戻させてくれたのだ(香川真司も『BVLGARI pour homme』をつけてみたらどうだろうか)。
―――――――
しかし、少し怖くなってきた。余りの『効果』に怖さを感じるようになったのだ。
ワタシは妻を愛している。浮気をするつもりはない。ただ少し試してみたかっただけなのだ。
が、このままでは自分さえその気になれば、ナニもできてしまいそうなのだ。
奥さんに見向きもされなくなったビエール・トンミー氏とは違うのだ。妻もワタシを愛しているし、歳の割に『回数』もある方だと思う。
まあ、妻にさとられないなら、1回や2回、『そういうこと』があってもいいかとは思う。
しかし、この『効果』を見ると、『そういうこと』になった若い女性の方が、ワタシのことを忘れられなくなりそうなのだ。
―――――――
…….と、夢想していると、ポンポンと肩を叩かれた。
スモーキン・パパ・カニー氏であった。
「ねええ、今晩、飲みに行かない?」
ぎょっとした。スモーキン・パパ・カニー氏は毎日のように誰かを誘い、飲みに行っている。
ワタシも随分、誘われたものだ。しかし、1回でこりごりであった。どうこりごりであったかは申さないが、もう結構であったし、それを察したのか、スモーキン・パパ・カニー氏も徐々にワタシを誘わなくなった。
だから、久しぶりのお誘いであった。しかも、「ねええ」という言葉とその目線が尋常ではなかったのだ。手もワタシの肩に置いたままなのだ。
『ま、ま、まさか!』
『そんなこと』はあるまいと思ったが、どうも『そんなこと』のようなのだ。
そうなのだ。『フレグランス効果』がスモーキン・パパ・カニー氏にまで及んだのだ。
スモーキン・パパ・カニー氏に『そっちの気』があるとは知らなかった。
元々は、『そっちの気』はないのかもしれないが、フレグランスがその『気』を呼び起こさせたのかもしれない。
「す、す、すみません。今は、オシンコ・プロジェクトで忙しいので」
慌てて肩の手を払いのけ、席を立った。
今、三連休明けも『BVLGARI pour homme』をつけ続けるべきかどうか思案中である。
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