2012年12月31日月曜日

【紅白の裏で発見?】血圧を下げる病気?!.....舘さんには申し訳ない。




「舘さんの応援に、NHKホールに行かなくていいんですか?」
「うぅむ」

私の冷やかしにエヴァンジェリスト氏は唸った。

「うぅむ。舘さんには申し訳ない。あんなことにならなければなあ……」

誰もエヴァンジェリスト氏が、28年ぶりに紅白歌合戦に出場する舘ひろしさんの応援に行く、というか、応援出場できるなんて思っていやしないのに、真顔で答えられてしまった。


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2012年12月26日の夜、寒気から始まり、嘔吐、下痢、発熱と続き、エヴァンジェリスト氏はフラフラになってしまったのだ。

ウイルス性胃腸炎である。

2012年12月23日に、バイト先のパン屋から深夜に帰宅したマドモワゼル・エヴァンジェリストがやはり、嘔吐、下痢を繰返したのであった。

マドモワゼルにうつされたのだ。

2012年12月27日、嘔吐は何とか止ったが、下痢気味のお腹を抱えるようにし、また、発熱、全身倦怠のまま、「プロの旅人」であるエヴァンジェリスト氏は、出張に出た。

「待っているお客様を裏切る訳にはいかぬ」


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「うぅむ。舘さんには申し訳ない。舘さんたちにうつす訳にはいかんからな」

理屈に合わない。紅白歌合戦に出場している歌手たちにうつすことは気にし、一方、自身の仕事のお客様にはウイルス性胃腸炎をうつしていいのか!

「そりゃ、おかしくはありませんか!」

ちょっとやり込めてみようと思い、そう云ってみた。

「しかしなああ、ウイルス性胃腸炎にも効用はあるんだなあ」

はぐらかされてしまった。

「ウイルス性胃腸炎になり、血圧が下がったんだ」

「本当ですか?」

ああ、いかん。またエヴァンジェリスト氏の術にはまってしまった。

しかし、ウイルス性胃腸炎になり、血圧が下がったことは事実のようではあった。

周知の通り、エヴァンジェリスト氏は、今年(2012年)、高血圧になってしまったのだ(参考:【III 度高血圧】「俺を怒らせるなよ!」


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そして、今(2012年12月31日20時30分頃)、今度は、マダム・エヴァンジェリストがウイルス性胃腸炎になってしまったらしい。

仲のいい家族である。



【歳末衝撃特報(その2)】怪人現る




ローラククイーン13世改めレディ・ウオーターメロンの手により、SUICAが、名古屋駅の自動改札機に入れられるという惨劇(参考:【歳末衝撃特報(その1)】スイカの惨劇)のあった翌日(2012年12月19日)、東京都西部の閑静な街でのことであった。

エヴァンジェリスト氏は見たのだ。

その朝、7時過ぎ、盛岡出張に向うべく自宅の賃貸マンションを出て、すぐ近くのバス停に向おうとしたところであった。

一人のオジサンがこちらに向い、歩いて来た。

エヴァンジェリスト氏はまたしても自身がオジサンであることを忘れ(参考:【衝撃】先輩になった日)、その男をオジサンと見た。

一見、普通のサラリーマンではあったが、しかし、それはただのオジサンではなかった。

左手に鞄を持ち、そして………

そして、右手に歯ブラシを持っていたのだ。

更に、その歯ブラシを口に入れ、口は泡立てられていたのである。

エヴァンジェリスト氏は思った。

「怪人だ!怪人ハミガキ男だ!」

何故、怪人は公道を歩きながら歯磨きをしていたのか?

まだ朝7時であり、会社に遅刻する時間でもあるまいが(近くに市役所があるので市の職員であったのかもしれない)、何らかの理由で、自宅で歯磨きをする時間がなくなってしまったのか?

外での歯磨きって、実は爽快感を味わえるのか?

歩きながらが特に爽快であるのか?

歯磨きをどこで歯ブラシに付けたのか?

歯磨きを実はポケットに忍ばせているのか?

どのようにして、怪人は口をゆすぐのか?

ひょっとして口をゆすぐなんてことはしないのか?

ゆすがず、泡は飲み込んでしまうのか?


……..疑問は尽きなかったが、エヴァンジェリスト氏はすれ違った怪人ハミガキ男を振り返ることもなく、バス停に向った。

エヴァンジェリスト氏は、前日に学んだのだ。

前日、名古屋駅の改札でエヴァンジェリスト氏は、レディ・ウオーターメロンに訊いたのである。

「(自動改札機に)どうしてSUICAを入れたの?」

それに対するレディ・ウオーターメロンの回答はこうであったのだ。

「入れませんか?」

そうなのだ。この世には、常識では測れないことが起き得るのだ。詮索しても仕方のないことちうものが世には存在するのだ。

「はああ!?入れないよぉ」
「いえ、入れますよ」
「今まで入れたことあるの?」
「ありませんけど」

怪人ハミガキ男に訊いても同じであったろう。

「(公道を歩きながら)どうして歯磨きをするんですか?」
「君はしないかね?」
「はああ!?しないですよぉ」
「いえ、するね」
「他の人がするのを見たことがあるんですか?」
「ないけど」

怪人ハミガキ男の姿にレディ・ウオーターメロンの不敵な微笑みが重なるのだ。





2012年12月24日月曜日

【歳末衝撃特報(1)】スイカの惨劇





「まさか、入れてないよね?」

そうだ、まさか、なのだ。間違っても、それはそこに入れるものではないのだ。

「ええ、入れましたけど」

エヴァンジェリスト氏の問いに元気に答えたのは、ローラククイーン13世であった。

「ええっ!?入れたの?何故?」
「何故?」
「だって……」

2012年12月18日の午後、名古屋駅の在来線の改札である。

大垣からの快速が名古屋に着き、東海道線のホームから改札まで降りたエヴァンジェリスト氏は、改札を出た。

….と、ピッコン、ピッコン、出たばかりの自動改札が警報を発し、赤いアラーム灯をしきりに点滅させていた

自分に続いて出てくるはずであったローラククイーン13世が、自動改札を前に首をひねっていた。


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「まさか、入れてないよね?」
「ええ、入れましたけど」
「ええっ!?入れたの?何故?」
「何故?」
「だって……」

「SUICAを入れたの?」
「ええ、入れました」
「どうして?」

SUICAを自動改札機の投入口に入れたというのだ。

「どうしてSUICAを入れるの?」
「はああ……….ああっ」

ようやく自分が何をしでかしたか気付いたようであった。

しかし、自動改札機が警報を発し、赤いアラーム灯をしきりに点滅させていることに焦るでもなく、悠然とした足取りで駅員室に向った。

駅員が来て、自動改札機を開け、SUICAは無事、救出された。投入口の近くでSUICAは止っていた。

SUICAもまさか、自分が自動改札機に投入されるとは思っていなかったであろう。割れる等、壊れてはおらず「命」に別状はなかったものの、きっと痛かったであろう。


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救出されたSUICAをそのまま使い、今度は投入口に入れることなく、自動改札にタッチして、ローラククイーン13世が出て来た。


「チャージ金額が不足しているのかと思った」
「いえ、そんなことはありません」
「どうしてSUICAを自動改札に入れたの?」
「入れませんか?」
「はああ!?入れないよぉ」
「いえ、入れますよ」
「今まで入れたことあるの?」
「ありませんけど」
「だろう。入れやしないよ」
入れますよ」
「初めてSUICAを使ったのならまだしもねえ」
「いえ、何度も使ってますよ」
「だったら、何故、入れたの?」
「入れますよ。他の人も入れますよ」
「いや、そんな人見たことないね」
「いえ、入れます」


ローラククイーン13世改め、レディ・ウオーターメロンの誕生である。





2012年12月18日火曜日

【疑惑の旅】鹿に答えるな(シーン12)






「鹿に答えるな」

京都から近鉄特急に乗り、「近鉄奈良」駅に着いて、エヴァンジェリスト氏が最初に発した言葉であった。




「鹿に話しかけられても答えては駄目だからな」

連れの若い女性にそう云ったと、奈良の特派員から聞いてピンと来た。

「鹿男あをによし」(万城目学の小説であり、テレビ化もされた)のパクリだなのだ。ああ、くだらない。


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京都の特派員から、二人の尾行を受継いだ奈良の特派員は、二人が奈良公園を右に見ながら、奈良県庁を過ぎ、「志津香」(公園店)に入るのを見た





一見、民家にも見えるが、釜めしの名店である

「エヴァンジェリスト氏、なかなかやらはりますな。ヒヒヒヒヒッ」

京都の特派員に負けずお下劣な特派員である。

「『志津香』は、女性好みの店ですねん。よう調べて来てはる。気に入られようと必死なんやなあ」

京都の特派員と違い、関西弁で報告を上げてくるのが気になる。




「志津香」(公園店)で、エヴァンジェリスト氏は、七種釜めし(1155円)、連れの若い女性は、かに釜めし(1050円)を食した。


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「志津香」(公園店)を出た二人は、左手に向い、少し行った先を左折した。




そこにも鹿が屯し、観光客を待っていた。

「鹿に追われて、キャッキャッ云いながら、いちゃつきたいんやろな」

確かに、そこでは尻を鹿に頭で突かれて「キャーーッ」と云いながら逃げ惑う女の子と、その女の子(カノジョ)を助けられず、「ヒエーッ」と云って自身も飛び去る男(カレシ)等がいた。

「いいか、鹿に話しかけられても答えではいかんぞ」

くどい!

ここでも、エヴァンジェリスト氏は玉木宏にでもなったつもりなのか、そう、連れの若い女性に云った。

連れの若い女性は、来年(2013年)NHKの大河ドラマ「八重の桜」で主演する『綾瀬はるか』よりも美人ではあった。

(ところで、「八重の桜」の主人公である新島八重を『綾瀬はるか』が演じることの不自然さにはここでは触れないでおく)



(続く)





2012年12月17日月曜日

【疑惑の旅】幸せと悲しみの三十三間堂(シーン11)







清水寺の参道を下り、再びタクシーに乗込み、その二人が向ったのは、美しいが他に見ることのない造形の寺院であった。




見れば分る。そう、三十三間堂(蓮華王院)である。世界で一番細長い木造建築と云われる寺院である。

「しかし、追跡する気が失せて来ました」

エヴァンジェリスト氏と連れの若い女性を追う京都の特派員は、何故、職を放棄するようなこと云い出したのか?


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「あの二人、どうして三十三間堂なんかに来たんでしょうか?」

特派員は疑問を呈して来た。

「清水寺は京都観光のメッカですから行くのはまあ当然なんですが、三十三間堂ってデートスポットではないですよ。とても美しく、珍しいお寺ですが、甘い雰囲気になれるところではありません」

しかし、私にはエヴァンジェリスト氏の意向が分った。

三十三間堂は確かにデートスポットではないが、甘い雰囲気と関係ないとはいえない場所である。

京都の特派員は知らないのか?三十三間堂では、結婚式を挙げることもできるのだ。

そうだ、ジュニア先生が今年(2012年)の5月に結婚式を挙げたのが、三十三間堂なのだ。

ジュニア先生とは、覚えておいでであろうか、そう、ミスター・シューベルト・ジュニアである。ミスター・シューベルトのご子息である。

昨年(2011年)、33歳の若さでダンジューロー市の市議会議員になられた方である。

(参考:【緊急特報】ジュニア先生、結婚!……..ミスター・シューベルト感涙。

ジュニア先生は、三十三間堂で仏式の結婚式を挙げられたのだ。



そして、ミスター・シューベルトは、父親として結婚式に参列する為、夫人と共に京都に旅行をし、礼服を着て三十三間堂に来たのだ

ミスター・シューベルトが夫人と共に、ダイワロイネットホテル京都四条烏丸に宿泊したのは、ジュニア先生の結婚式の為であったのだ。

そのことを京都の特派員は知らないのだ。

ジュニア先生の結婚式から3ヶ月後の8月30日に天使になられたミスター・シューベルトを偲びに三十三間堂に来たのだ、エヴァンジェリスト氏は。


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所在なげな連れの若い女性のことも構わず、三十三間堂の庭の砂利を踏みしめながら、そして、堂内に幾体も連なる仏像を惚けたように見ながら、エヴァンジェリスト氏は、その庭で新郎新婦を中心に家族勢揃いで撮られた写真を思い出していたのであろう。

ミスター・シューベルトからその写真を見せてもらっていたのだ。

やや強ばった表情ながら、幸せなミスター・シューベルトの不器用な笑顔を思い出すのであったろう。

そんなエヴァンジェリスト氏の感傷を知らぬ京都の特派員が、エヴァンジェリスト氏と連れの若い女性の次の行動をリポートして来た。




「あの二人、京都駅に行き、近鉄特急に乗りました」



(続く)





2012年12月16日日曜日

【疑惑の旅】「舞台」の下(シーン10)







清水寺の本堂で待ち受けていた「出世大黒天像」を見ながら、何やら物思いに耽っていた連れの若い女性のことは気にもせず、エヴァンジェリスト氏は歩を進め、「舞台」に立った。

そして、「舞台」から前方の山を見た




ここでも、「妙なことに二人にラブラブ感がないんですよ」と、京都の特派員は不満げに独りごちた。


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清水の「舞台」の写真は幾度も見たことがあるが、「舞台」からの景色の写真をエヴァンジェリスト氏は見たことがなかった。

今、初めて「舞台」からの景色を見たのだ。

そして、次にエヴァンジェリスト氏は、「下」を見た。「舞台」の下である。

「清水の舞台から飛び降りる」と云われるが、飛び降りた先はどうなっているのか、気になっていたようだ。

「舞台」の下は、こうなっていたのだ。




音羽の瀧(おとわのたき)等があるのだ。

中国人達に混じりながら、エヴァンジェリスト氏は「舞台」の下へと降りていった。

「舞台」の下に降りられるのだ。「舞台」に上がり、そのまま進むと、山道が続き、「舞台」の写真を撮るのに格好な場所がある。多くの「舞台」の写真が撮られたであろうスポットだ。




そのスポットを過ぎると、下り坂になり、回り込むようにして降り立ったところに、音羽の瀧があった




修学旅行生達でごった返していた。

そこでまた、エヴァンジェリスト氏の連れの若い女性は、また物思いに耽っているようであった。

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「彼女(エヴァンジェリスト氏の連れの若い女性)は、清水寺に何か思い出でもあるのか、と思いましたよ」

京都の特派員は思ったのだ。元カレ(エヴァンジェリスト氏の前の彼氏)と一緒に修学旅行でこの清水寺に来たことがあるのではないか、と。

しかし、次に二人が向ったところでは、今度はエヴァンジェリスト氏の方が物思いに耽ってしまったのである。




(続く)









2012年11月24日土曜日

【続・衝撃】舘ひろしになれない




「舘ひろしにはなれない。なれないんだあああ!」

エヴァンジェリスト氏が、悲痛な叫びを上げた。

あの傲岸不遜なエヴァンジェリスト氏とは思えぬ狼狽えぶりであった。

ソレも、エヴァンジェリスト氏には大変な衝撃であったのだ(参照:【衝撃】先輩になった日)。


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「あぁ、ボクにはウインクができない……できないんだああ!」

薄くなった髪をかきむしった。

「舘ひろしにはなれない。…….そんなことも分っていなかったなんて。ボクとしたことが……」

いや、エヴァンジェリスト氏が全くウインクできない訳ではない。

鏡に向ってウインクの練習をするエヴァンジェリスト氏を私は目撃した。それは、赤いタオルを首からさっと取り、リング上から観客席に投げ込む練習を鏡に向ってしていたアントニオ猪木を彷彿させるものであった(参照:赤いタオル)。

しかし、それはウインクと云えばウインクではあったが、「うぬぼれ営業」氏的に、どちらかと云えば(参照:【呉市音戸町波多見】どちらかといえばキリスト教。どちらかとえいば平家。(後編))、それは片頬がひきつらせた、といった方が正しいものであったろう。


舘さんは夏菜にウインクした。いや、舘さん扮する大先社長が,夏菜扮する純にウインクしたのだ。

舘さんが今、出演中のNHKの朝ドラ「純と愛」での中のことである。

舘さん(大先社長)が夏菜(純)にウインクするのを見た時、エヴァンジェリスト氏は気付いたのだ。

舘さんの代りに自分が「純と愛」に出演していたら、ウインクができないといけなかったのだ。

「ええっと、ウインクって、どうやるんだったけ?」

自問した。そして、気付いたのだ。自分はうまくウインクできないことに。舘さんのようにダンディにウインクすることができないことに気付いたのである。

鏡向って練習しても駄目であった。


「舘ひろしにはなれない」
「そんなことハナから分っていましたが」
「『舘さん、申し訳ない!』(参照:【石原プロ】舘さん、申し訳ない!と云った自分を恥じる」
「ウインク云々の問題ではないと思いますが……」
「舘ひろしにはなれない」
「いいいですか、アナタは元々、舘ひろしにはなれないし、なる必要なんかないんです

何故、私がエヴァンジェリスト氏にこんなことを云わなくてはいけないのか分らなかったが、取り乱したエヴァンジェリスト氏をほおっておく訳にはいかなかった。

「舘ひろしになる必要がない?」
「アナタは舘ひろしになる為に石原プロ入りしようとしていたんですか?」
「いや、そういう訳ではない…..」
「石原プロの窮状を救うのに、何もアナタが舘ひろしになる必要なんかないんです」
「そうか…..」
「それにアナタは舘ひろし程、ダンディではありません
「なにぃ」
「ダンディではないアナタが大先社長になってウインクしたとしても様になりません」
「まあな….」
「アナタは舘ひろし程、ダンディではありませんが、舘ひろしより2枚目です」
「まあ、それはそうなんだが」
「別の大先社長像っていうものがあってもいいでしょう」
「おお、そうだ!その通りだ。ユカワに云えばいいだけのことなんだ!」
「ユカワ?」
「遊川和彦だ」
「脚本家の遊川和彦ですね。『純と愛』の脚本も書いている、『家政婦のミタ』の遊川和彦ですね」
「アイツは1期下なんだ」
「はああ?」
「アイツも広島で育ったんだ。高校は、アイツは修道高校で、ワシとは学校は違ったが、1955年生れで1期下なんだ」
「だから、何なんですか!?」
「遊川和彦に、ワシにあった大先社長を描かせればいいだけのことだったんだ」

ああ、元気を取り戻したのはいいが、また傲岸不遜になってしまった。


「舘ひろしにはならないぞ!」




2012年11月10日土曜日

【衝撃】先輩になった日





「己を見る、ということを忘れていた。ボクとしたことが……

杉下右京的な反省の弁であった。

杉下右京の定年退職後のカイト君(甲斐亨)の「相棒」になるのではないかと噂されるエヴァンジェリスト氏が(参照:相棒後任決定!?】成宮寛貴の新相棒?杉下右京退職?)、いつもは傲岸不遜な氏には珍しく反省をしたのである。

それは、エヴァンジェリスト氏には大変な衝撃であったのだ。


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2012年9月25日、コンフォートホテル佐賀である。

午前6:27になり、エヴァンジェリスト氏は9階の部屋を出た。1階の朝食会場に行くのである。

エレベーターに乗った。一人である。

「ふうーっ」

特に意味もなく、ため息をついた。

…….と、6階でエレベーターが止った。オジサンが一人乗って来た。エヴァンジェリスト氏は、オジサンにスペースを与える為に、エレベーター内での位置を少しくずらした。

オジサンは会釈した。エヴァンジェリスト氏も会釈で返した。礼儀正しいオジサンである。

エレベーターが1階に着いた。エヴァンジェリスト氏が、右手の掌を上にして斜め前に滑らしながら、無言ながら「どうぞ」とオジサンに先を譲ろうとした。

…….と、その時である。そう、その時であったのだ。オジサンも右手の掌を上にして斜め前に滑らしながら、そして、声を出して云ったのだ。

「センパイどうぞ」

愕然とした。エヴァンジェリスト氏は戸惑いながら、オジサンに云われるがまま、先にエレベーターを降りた。

「センパイどうぞ」

頭の中で、オジサンの声がリフレインした。

「センパイどうぞ」

確かにオジサンは云ったのだ。「センパイどうぞ」と。

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その後の朝食のことは、覚えていない。

「己を見る、ということを忘れていた。ボクとしたことが……」

そうなのだ。自分はオジサンよりオジサンなのだ。エヴァンジェリスト氏は思い知らされたのだ。

確かにオジサンは立派にオジサンであった。しかし、それ以上に、エヴァンジェリスト氏はオジサンなのであった。

オジサンは40歳代と見えた。多分、40歳代後半である。而して、エヴァンジェリスト氏は58歳である。立派にオジサンよりオジサンなのであった。





2012年10月30日火曜日

スパイが神になった日




2012年10月26日(金)、スパイが神になった。

17:30過ぎ、名古屋駅、東京方面行新幹線のホームである。

「金曜日のこの時間で、直ぐに新幹線に乗れ,それも窓側がとれるなんて珍しい」

という私に、キタグニカラキタ・スパイ氏がしたり顔で応えた。

「修学旅行じゃあないですかあ。名古屋では時に、そういう奇蹟が起きるんですよ。名古屋で修学旅行の一団が降りて、ぽっかり席が空くってことがね」

「ああ、確かにね」

とは云ったものの、

「そんなこともあるまい。それにしてもまあ、『プロの旅人』の私に対して偉そうに云えるもんだ」

とキタグニカラキタ・スパイ氏の言葉を鵜呑みにすることはなかった。

が…………

キタグニカラキタ・スパイ氏が17:50発の東京行「のぞみ380号」に乗り、先に名古屋を発ったその3分後のことであった。

私は、17:53発の東京行「のぞみ40号」に乗ろうとしたのだ。12号車である。

「のぞみ40号」は到着したものの、12号車になかなか乗ることができなかった。

修学旅行生たちが無尽蔵に湧いて来るかの如く、12号車から次々と降りて来たのである。生徒たちが一向に降車しきらないので、私が乗車した時は既に17:57にはなっていた。

しかし、そう、キタグニカラキタ・スパイ氏の予言は的中したのだ

その時、スパイが神になった、のである。

「今後は、キタグニカラキタ・スパイ氏のことを『キタグニカラキタ・カミ』と呼ぶことにしようと思う」

とエヴァンジェリスト氏に告げたところ、

「君は相変らず甘いなあ、フン」

と鼻で笑われた。

「修学旅行生を予言しただって!?奴は、スパイだぞ。スパイだったら、総ゆる所に仲間のスパイを配置しているものだ。新大阪駅か、或は、その修学旅行生たちが乗る『のぞみ40号』にスパイが居たのにきまってるではないか。そんなことも読めないのか、君は」

そう云われればそうだ。まんまとキタグニカラキタ・スパイ氏の罠にはまってしまうところであった。





2012年10月7日日曜日

【疑惑の旅】清水か尖閣か(シーン9)






そこは、魚釣島でも釣魚島でも釣魚台でもない。そこは、尖閣諸島ではないのだ。

しかし……..

「タイアンクワイライラ」

等と「彼ら」は云っているように、二人には聞こえた。

「彼ら」は、中国人である。中華民国から来たのか、中華人民共和国から来たのか、台北から来たのか、台南から来たのか、北京から来たのか、上海から来たのかは、知らない。

いずれにせよ、彼らはソコを占拠していると云ってもいい状態であった。

…..ソコは、尖閣諸島ではなく、清水寺であった。

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その日(2012年9月13日)、「ダイワロイネットホテル京都四条烏丸」の1階にある居酒屋「杬之蔵」で朝食を済ませたエヴァンジェリスト氏と連れの若い女性が先ず、向ったのは、清水寺であったのだ。

朝食をとりながら、ミスター・シューベルトのことに思いを馳せていたエヴァンジェリスト氏が訪れたかったのは、清水寺ではなかったが、先ずは京都旅行の定番中の定番の地を訪れることにした。

「ダイワロイネットホテル京都四条烏丸」の前でひろったタクシーが着いたのは、清水寺の参道の一口であった。



坂道の参道を登りながら、エヴァンジェリスト氏はモンサンミシェル(Le Mont-Saint-Michel)を思い出していた。



清水寺の参道の、お土産に挟まれた坂道の感じは確かに、モンサンミシェルのGrande Rueを彷彿させなくはない。

しかし、参道を抜けたところにある仁王門の階段を登ろうとして、そこが決してモンサンミシェル、フランスではないことに気付かされた。



更に云うと、そこは日本でもないのではないかと錯覚するところであったのだ。

「タイアンクワイライラ」

等と「彼ら」は云っているように、エヴァンジェリスト氏と連れの若い女性には聞こえた。

そう、仁王門の階段は、中国人観光客の一団に(いや二団であったかもしれない)占拠されていたのだ。

階段に並び、記念写真を摂っているのであった。

「ホーリーコーキイネン」

何を云っているのかは分らなかったが、猛烈に騒いでいた(彼らからすると、猛烈に楽しんでいた、ということになるのであろうが)。

「尖閣でもあるまいしなあ」

というエヴァンジェリスト氏の呟きに耳を貸さず、連れの若い女性は

「チッ」

と舌を鳴らした。

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仁王門の階段は中国人観光客の一団に占拠されていたので、横の階段から西門、三重塔、経堂、そして本堂へと二人は登っていった。

「妙なことに二人にラブラブ感がないなあ」

特派員は不満げに独りごちた。

まあ、清水寺はまさに京都観光のメッカである。中国人に一団の他に、修学旅行生達も一杯だ。

カップルも少なからずいるが、まあ、ラブラブ感を出すような場所ではなかろう。

しかし、エヴァンジェリスト氏の連れの若い女性は、本堂で待ち受けていた「出世大黒天像」を見ながら、



柄にもなくといった感じで、何やら物思いに耽っていた



(続く)









2012年10月6日土曜日

ミニテルは死なない




Appleから「iCloudの無料ストレージアップグレードが延長されました」というメールが届いた。

そのメールは、「カレ」にも届いた。「カレ」は云った。

「ミニテルは死なない」

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この「iCloudの無料ストレージアップグレードの延長」は、MobileMe時代から長くサービスを利用して来たユーザー向けの処置らしい。

MobileMeからiCloudへの移行時に、通常のiCloudアカウントに含まれる5GBのストレージに加えて無料アップグレードが提供されていたが、そのストレージアップグレードは2012年9月30日で終了予定であったのだ。

MobileMeからiCloudへの移行は、2012年6月30日であった。

そして、その2012年6月30日は、「ミニテル」の終焉の日であったのだ。

「ミニテル」は、フランスで大成功を収めた情報通信サービスである。

正しくは、サービス名称は「テレテル」(Télétél)で、その端末の名称が「ミニテル」(Minitel)であるが、通常、「ミニテル」サービスと云われている。ネットワークには、Transpac(FranceTelecomが提供するパケット通信網)が使われた。




「ミニテル」は、インターネットを先取りしたサービスであったとも云える。

「ミニテル」は、フランスの他に、イタリアでもサービス化され、また、米国等でもサービス会社が設立されたが、フランスのような成功は収めなかった。

そして、今は知る人も少ないのであろうが、「ミニテル」は日本でも事業化が計画されたのであった

日本からフランスの「ミニテル」に接続するサービスである「Minitelnet」というサービスがあったが、そのことではない。因に、「Minitelnet」はFrance TelecomとINFONET Serices Crporation との提携によるサービスであったが、そのINFONET(その後、BTに買収されBT-Infonetとなった)も今年でなくなるらしい。

「ミニテル」の日本での事業化は、「日本語ミニテル協会」という組織により計画されたのだ。「feasibility study」が為され、Business Planが作成されたらしい。

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….しかし、日本で「ミニテル」事業化は実現されなかった。

その「ミニテル」の日本での事業化、「日本語ミニテル協会」に「カレは深く関係していたらしい。

私とエヴァンジェリスト氏の共通の知合いであり、Monsieur Minitel au Japon(ムッシュウ・ミニテル・オ・ジャポン:日本のミスター・ミニテル)と呼ばれていた「カレ」は、Appleから「iCloudの無料ストレージアップグレードが延長されました」というメールを見て、云った。

「ミニテルは死なない。ミニテルも死なないのだ」

「.mac」が「MobileMe]となり、「iCloud」となり、ある意味では生き残っているように、「ミニテル」も形を変え、生き残っていく、とでも云いたいのであろうか。

或は、ミスター・シューベルトが「天使」になってもまだ、私の心の中に、そして、エヴァンジェリスト氏や「カレ」(Monsieur Minitel au Japon)の心の中に生きているのと同じように、とも云いたいのかもしれない(参照:アナタは妖精を見たことがあるか?!

「ミニテルは死なない」

その言葉の真意を、そして、「ミニテル」の日本での事業化、「日本語ミニテル協会」について「カレ」に訊いてみたいが、今、「カレ」は、「ミニテル」の思い出にふけっているのか、虚空を見つめ、とても話しかけられる雰囲気ではない。

いずれ「カレ」には、何故「ミニテルは死なない」のか訊き、報告したい。






2012年10月5日金曜日

【疑惑の旅】「最後のホテル」「最後の朝食」(シーン8)






そう、お下劣な京都の特派員は、「ダイワロイネットホテル京都四条烏丸」とエヴァンジェリスト氏の因縁を分っていないのだ。

その因縁を予め知っていて今回、「ダイワロイネットホテル京都四条烏丸」を選んだ訳ではないのであるが、それはエヴァンジェリスト氏にとって偶然ではなかったのかもしれないのだ。

エヴァンジェリスト氏が、「ダイワロイネットホテル京都四条烏丸」を予約したのは、2012年8月20日である。丁度、「その日」の10日前であったのだ。

その時(2012年8月20日)、まさか、「ダイワロイネットホテル京都四条烏丸」が「最後のホテル」になろうとは知る由もなかったのである。


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「朝食は如何なさいますか?」

チェックインする時に、訊かれた。いつものことである。

いつもは(つまり出張の時には)、「要らない」と答える。今回も「要らな….」と答えながら、しかし、躊躇した。今回は出張ではないからである。

「要らな….」と言葉を留め、振り向き、ロビーのソファーに座っていた連れの若い女性に訊いた。

「朝食要る?」

連れの若い女性は言葉では答えなかったが、首を横に振った。

「出張の時のように、コンビニで買ったパンででも朝食を済ませるつもりか。ケチな奴め」

ロビーの片隅に身を潜め、二人の様子を窺っていた特派員が言葉を吐き棄てた。

………しかし、その晩遅く、特派員は、「情報屋」からエヴァンジェリスト氏が、後からフロントに戻り、二人分の朝食券を買い求めたとの情報を入手した。

部屋に入った後に、

「ねええ、明日の朝食どうすんの?」

とでも連れの若い女性が訊いたのであろう。

「コンビニでもパンでも買う」

とエヴァンジェリスト氏が答えると、「ええ」と不満顔でも見せたのであろう。

「我が儘な女だ。それに振り回されるエヴァンジェリスト氏もエヴァンジェリスト氏だ」


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翌朝(2012年9月13日の朝)、エヴァンジェリスト氏とつれの若い女性は、「ダイワロイネットホテル京都四条烏丸」の1階にある居酒屋「杬之蔵」に居た。

そこが朝食会場であった。ブッフェ・スタイルの朝食である。

歳のせいで食が細くなっているはずであるのに、エヴァンジェリスト氏は矢鱈、料理と飲み物をとり、「苦しい」と云いながら完食していた。

貧乏性なのであろう。ブッフェ・スタイル(俗に云う、『バキキング』)なのに勿体ない(沢山取らないと)、ということなのであろう。



一方、連れの若い女性が取って来た料理、飲み物は僅かであった。



「それだけでいいの?」

エヴァンジェリスト氏が訊いた。相手のことを気にして云ったのではないことを特派員は察した(特派員は、その居酒屋のどこかに朝から身を潜めていたのだ)。

ケチなのだ。

「朝食券は一人当たり1000円するのだ。元を取らないと損だ」

そう思ったのに違いない。

その一方で、エヴァンジェリスト氏は、どこか切ない表情を見せていた

そう、その朝食が、「ホテルの最後の朝食」であったからである。

「ダイワロイネットホテル京都四条烏丸」は、「最後のホテル」であり、その朝食は、「ホテルの最後の朝食」であったのだ……….ミスター・シューベルトの(参照:アナタは妖精を見たことがあるか?!

いつも自分ことを「天使」だと戯けたことをのたまっていたところ、2012年8月30日に、本当に「天使」になってしまったミスター・シューベルトが、人生の最後に泊ったことになったホテルが「ダイワロイネットホテル京都四条烏丸」であり、その1階にある居酒屋でとった朝食が「ホテルの最後の朝食」となったのであったのだ。

エヴァンジェリスト氏は、朝食をとりながら、ミスター・シューベルトのことに思いを馳せていたのであろう。

そして、エヴァンジェリスト氏のその思いが、その日の(2012年9月13日)の行動を決めさせたのであろう。




(続く)