「あの人ったら変だわ、今更、パトラッシュに興味を持つなんて…」
マダム・トンミーはお皿を洗いながら呟いた。
「アタシが小学5年から6年にかけて放送されたのよねえ、確か」
どうやら『フランダースの犬』のことらしい。
「感動したものだわ。ネロとパトラッシュが天使に抱えられ天に昇るところ、泣いちゃった…」
アニメの『フランダースの犬』のことだ(感動のラストシーンは、原作とは異なっているらしい)。
「でも、その頃、あの人は二十歳頃…ネロとパトラッシュを見ていたのかしら?」
そうだ、あの人、ビエール・トンミー氏は、夫人のマダム・トンミーよりも10歳年上なのだ。
「その頃は、オンナにうつつを抜かしていたって聞いたことがあるけど」
そうそう、その頃だけのことではないが、確かに二十歳頃のビエール・トンミー氏の頭の中にはオンナの子のことしかなかった。
「ネロが最後に見た絵、『キリストの昇架』について勉強したいなんて、あの人にそんな高尚な趣味あったかしら」
そんな高尚な趣味を持っている訳がない。
「まあ、いいわ。来年もオープン・カレッジに行ってもらった方が」
ビエール・トンミー氏は今度は、『キリストの昇架』を描いた画家について勉強すると云い出したのだ。
「毎日毎日、ウチにいられても鬱陶しいもの」
マダムは気付いていないのだ。ネロは『キリストの昇架』を見て微笑みながら昇天したが、夫が何を見て微笑み、『昇天』しようとしているのか。
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