2014年10月28日火曜日

重力発見!【原点(後編)】







当時も(昭和52-53年の頃も)、エヴァンジエリスト氏は、貧乏であった。

上池袋で間借り生活をしていた。家賃は、当初、9000円、2年後に値上げされ、9500円となった。3.75畳の部屋であった。

そんな部屋にしか住むことができなかった。勿論、お金がなかったからである。



台所は共同であったが、他の間借り人(数人いた)の誰も料理はせず、お湯を沸かし、食器(といっても、せいぜいコップ程度のものであったが)を洗うだけであった。

トイレも共同であった。和式の水洗便所であったが、水タンクは天井付近にあり、そこから鎖の紐が下がっており、水を流すときはその紐を引っ張った。トイレットペーパーはなく、ちり紙が置いてあった。

便器は、入ったところより少し上にあり、小用は入ったところに立ってたすようになっていた。




が、隣室のお兄さんには困った性癖があった

下図のようにトイレのドアの外に立って、そこから小水を飛ばすのである。




これがどういう事態を引き起こすか、お判りか?

そう、小水の飛ばし始めと、飛ばし終りの時に、小水は便器の手前に落ちるのである。しかも、隣室のお兄さんは、それを拭かないのである。

隣室のお兄さんのこの性癖を知る前、エヴァンジエリスト氏は時々、トイレがやけに水浸しになっているなあ、と思いながら、濡れた床にちょっと爪先立ちで足を置き、トイレ奥に置いてあるちり紙に手を伸ばし、濡れたトイレ用の木製のサンダルと濡れたトイレの床を拭いていたのだ。

サンダルと床を濡らしているのは、水だと信じていたのだ。天井付近の水タンクから水が漏れたのだ、と。



しかし、ある日、自室の扉を開いた時、エヴァンジエリスト氏は見たのだ。エヴァンジエリスト氏の部屋からトイレがよく見えるのだ。

そう、エヴァンジエリスト氏は見たのだ。隣室のお兄さんが、トイレのドアの外に立って、そこから小水を飛ばしていたのだ。

「な、な、何をするのだ。お兄さんは、重力というものを知らないのか!」

その時、エヴァンジエリスト氏は初めて知ったのだ。トイレ用の木製のサンダルとトイレの床を濡らしていたのは、水ではなく、お兄さんのお小水であったのだ!

エヴァンジエリスト氏が拭いていたのは、隣室のお兄さんのオシッコであったのだ。



皆さん、その時のエヴァンジエリスト氏の驚愕はお判りか?

当時のエヴァンジエリスト氏は前回の写真が示す通り、まあ、天知茂や杉良太郎、田宮二郎のようになる、と云えなくはない風貌であったが(ちょっとイケメンであったかもしれない)、隣室のお兄さんのオシッコを拭かなくてはなならい貧乏生活であり、スターへの道からはかけ離れたところにいたのであった。

そして今、年老いたエヴァンジエリスト氏は、隣室のお兄さんのではなく、自分がしょぼしょぼとトイレにこぼしたオシッコを拭いている。

間借り生活からは(賃貸住まいからは)、還暦直前に逃れたが、80歳までの住宅ローンを持つ、相変らずの貧乏生活だ。


そして、スターへの道からも(石原プロからも)相変らずかけ離れたところにいるのだ。








公開!これが、若き日のエヴァンジエリスト氏だ!【原点(中編)】


お待ちかねの(?)昭和52-53年頃(23-24歳の頃の)のエヴァンジエリスト氏である。






髪がある。ふんだんにある。デブっていない。何だか、少しカッコいいと云えなくもない。

これは、本当にエヴァンジエリスト氏なのか?

本物である。本物のエヴァンジエリスト氏である。

信じられない方は、首筋のホクロを見るがいい。

今のエヴァンジエリスト氏も、同じところにホクロがある。だって、同一人物なんだから(因みに、売れる芸能人には、この辺りにホクロがある人が多い.....気を付けてテレビをご覧になるがいい)。

それに、貧乏振りも今と同じであったのだ.....






2014年10月27日月曜日

天地茂、田宮二郎、杉良太郎。【原点(前編)】



天地茂、田宮二郎、杉良太郎。

このお三方の共通点は何か?

エヴァンジエリスト氏である。エヴァンジエリスト氏の憧れの人たちであった。憧れの俳優たちであった。



天地茂は、「非情のライセンス」でのアウトロー刑事役が好きであった

田宮二郎は、「白い影」等の「白い」シリーズをよく見ていた。

杉良太郎は、勿論、「遠山の金さん」が好きであったが、東京12チャンネルの「大江戸捜査網」も良かった

3人とも、ニヒルな二枚目であった(写真でも検索して確認して頂きたい)。



エヴァンジエリスト氏は、天地茂のようになりたく、いつも眉間に皺を寄せていた。

田宮二郎のように、ニヒルの中に甘さを漂わせるべく、ふと眉間に皺を寄せるのを止め、笑顔を見せることもした。

そして、杉良太郎のように(というか、遠山の金さんのように)、いざとなったら片肌を脱ぎ、悪者たちに「おぅい、おぅい、おぅい、黙って聞いてりゃいい気になって。お天道様が見逃しても、この桜吹雪が...」と云うつもりであった(実際には、いざという時が来なかったので、『おぅい、おぅい』と云うことはなかったが)。



そうなのだ。エヴァンジエリスト氏の原点には、このお三方があったのだ。

エヴァンジエリスト氏は、石原プロ入りすると噂されているが、石原裕次郎に憧れたのではなく、天地茂、田宮二郎、杉良太郎のような俳優になりたい、と思っていたのだ。

しかし、エヴァンジエリスト氏は、天地茂のように、田宮二郎、杉良太郎のように、ニヒルな二枚目であったのであろうか?

今のエヴァンジエリスト氏しか知らない皆さんは、エヴァンジエリスト氏のことをデブなアヒルとしか思っていないであろう。

では、お見せしよう。

次回、昭和52-53年頃のエヴァンジエリスト氏をお見せしよう!




2014年10月22日水曜日

【嫉妬】スターになる為の方法




「鹿ならいいのか!?鹿だったら、誰でもなれるのか、スターに(鹿のことを「誰」と云っていいのか、知らないが)

前田日明が猪木について云ったように、ドルト氏がアオニヨシ君について云った。

因に、前田日明は、猪木について、「猪木なら何をやっても許されるのか」と云ったのだ。

「幽霊を見ればいいのか!?幽体離脱ができればいいのか!?まあ、カレの云うことは、どこまでが真実か怪しいもんだが」

どうやら、今度は「うぬぼれ営業」氏のことを云っているらしい。

「親戚に国民的美少女グランプリがいれば、自分もスターなのか!?」

ダカラムスメモ氏のことだ。

「北海道に生れ、スパイになりさえすればいいのか!?」

勿論、キタグニカラキタ・カミ氏(旧:キタグニカラキタ・スパイ氏)のことだ。

「スイカを自動改札にいれるだけでスターになれるのか!?」

レディ・ウオータメロン(旧・ローラククイーン13世)にも嫉妬しているようだ。


そうだ、そうなのだ。ドルト氏は、嫉妬しているのだ。

アオニヨシ君や、うぬぼれ営業」氏、ダカラムスメモ氏、キタグニカラキタ・カミ氏、そして、レディ・ウオータメロンのことが羨ましくて仕方ないのだ。

だって、同僚の彼らは、このブログ「プロの旅人」に登場させてもらっているからなのだ。

「ボクだって、出たいんだ。『プロの旅人』のキャラクターになりたいんだあ!」

しかし、そんなドルト氏の気持ちを知らないエヴァンジェリスト氏に云われたのだ、「君って、スター性ないね」と。

つまりは、真っ当な人間だと云われているのだが、気に喰わない言葉だ。そんなことを云うエヴァンジェリスト氏のことは、正直、嫌いだ。氏が「プロの旅人」のメイン・キャラクターであることは羨ましいが。

「真っ当な人間でなんかいたくない!スターになりたいんだ!『プロの旅人』のキャラクターになりたいんだ!」

ドルト氏の心の叫びであった。

果して、ドルト氏は「スター」になれるのか?乞うご期待、である。



ところで、前田日明氏には云っておきたい。「猪木なら何をやっても許されるのだ」と。








2014年10月20日月曜日

「スッキーナー、ヒトーニー…」….【ビエール・トンミー氏の優雅な老後】



「スッキーナー、ヒトーニー、ドオーゾー、アワセテエー」

今朝も夫はご機嫌だ。

この鼻ウタは聞いたことがない。しかし、「オッカーノウーエ…」同様、1970年代の匂いがする。(参照:オッカーノウーエ…」….【ビエール・トンミー氏の優雅な老後】

「アイーノ、ホシーニ…」

丁度、一週間前も(2014年10月13日だ)、夫は「オッカーノウーエ…」とご機嫌だった。

今日(2014年10月20日)は、月曜日である。週の初めからどうしてこんなにご機嫌でいられるものなのか、とは思うが、一年前(2014年10月)、59歳にして仕事から完全リタイアし、優雅な老後生活を送っている夫には、曜日はもはや関係はないといえばないのだ。(参照:「ブレイボーイ」参上.....【ビエール・トンミー氏の優雅な老後】


「アータ、今日もご機嫌ねえ。何かいいことでもあったかしら?」

マダム・トンミーは、思い切って夫ビエールに訊いてみた。

「いや、何もないけど」
「そお…」
「まあ、今日は爽やかな秋晴れだし、女房は奇麗だし」
「まっ!」

マダム・トンミーは顔を赤らめ、思わず、頬を両手で隠した。

「まあ、アータったら、エヴァンジェリストさんの影響?」
「えっ?エヴァちゃん?」
「エヴァンジェリストさんって、還暦過ぎた今でも、奥さんに『アイシテル』とか『マイ・ハニー』って云ってるんでしょ?」
「うん、まあ、そんなことを云うと、奥さんには、キッと睨まれるらしいけどね」
「アータ,最近、エヴァンジェリストさんとまた友だち付合いをするようになって、影響を受けたんじゃあないの?」
「そうかなあ?君は嫌かい?奇麗って云われて?」
「まっ!嫌ではないけど、ちょっと恥ずかしいわねえ」

ビエール・トンミー氏は、もう夫人の言葉を聞くでもなく、『D.S.&DURGA』のフレグランス『BURNING BARBERSHOP』を両手首に浸けていた。

そして…

「じゃあ、行って来るね」

と玄関に向った。今日はオープン・カレッジの日なのだ。

「行ってらっしゃーい」

マダム・トンミーは、ご機嫌に夫を見送った。


……しかし、マダム・トンミーは、まだ分っていないのだ。

「アイーノ、ホシーニ、ネガーイーヲ…」

と唄うビエール・トンミー氏の心には、ある別の女性があったのだ。アグネス・チャンでもない、マダム・トンミーでもない、別の女性だ(「スッキーナー、ヒトーニー」は、アグネス・チャンの「草原の輝き」である)。

その女性の存在が、秋晴れ以上に、ビエール・トンミー氏の心を晴れさせていたのだ。







2014年10月19日日曜日

鹿、ザ・フレグランス



「ボクも、フレグランス作戦、使ってみようかなあ」

エール・トンミー氏のフレグランス作戦を知ったアオニヨシ君が呟いた。(参照;【祝・還暦】フレグランス作戦、成功?….【ビエール・トンミー氏の優雅な老後】

「なになになにぃ!?フレグランス作戦だってえ?」

アオニヨシ君の呟きをエヴァンジェリスト氏は聞き逃さなかった。

「いえ、何でもありません」
「何でもなくはないだろう。確かに聞いたぞ、『フレグランス作戦、使ってもみようかなあ』って」
「いえ、ただ使っていないフレグランスがあるので、使ってもみようか、と思っただけです」
「君も新宿の伊勢丹メンズ館で買ったのか、フレグランス?」(参照:疑惑のカレッジ」ふたたび(後編)….【ビエール・トンミー氏の優雅な老後】
「いえ、母のお土産です。ドイツ旅行に行った時に買って帰ってきてくれたんです」
「そのフレグランスをどこで使おうというのだ?」
「決めてません」
「忘年会か?忘年会に行く前に手首にそのフレグランスをつけるのか?」
「だから、決めてきませんったら」
「忘年会で魅惑しようと考えているんだな」
「決めてないって云ったでしょ。それに、誰を魅惑するんですか?」
「そりゃ、会社の女性たちだろお」
「会社の女性には手を出しませんよ、『うぬぼれ営業』さんとは違いますからね」(参照:「うぬぼれ営業」氏を見た!..........幽体離脱か?
「ほー、じゃあ、コニャニャチワ氏でも魅惑するのか?」


エヴァンジェリスト氏は、とんでもないことを云い出した。申すまでもないであろうが、コニャニャチワ氏は、アオニヨシ君の上司の上司の上司の上司である。そして、勿論、オトコである。

最近、コニャニャチワ氏とアオニヨシ君は矢鱈、仲がいいので、「そういう」疑惑がなくはないが……まさか……


「いやあ、それはないでしょう。アノ人(コニャニャチワ氏)だって、さすがに獣姦はしないでしょ
「ああ、そうだなあ。君はケダモノ(鹿)だものなあ(参照:「ケダモノねえ」……【ある研修の夜】


あああああ!なんてこった!この二人のお下劣極まりない会話は、もう聞いていられない。






2014年10月17日金曜日

「ケダモノねえ」……【ある研修の夜】



「オンナを連れ込んだんだって?」

卑猥な表情を顔に浮かべながら、エヴァンジェリスト氏がアオニヨシ君に訊いた。

「連れ込んでなんかいませんよ」

先日、アオニヨシ君は、ある宿泊研修に行った。というか、上司の上司の上司の上司であるコニャニャチワ氏に命令されて行ったのだ(参照;鹿、ザ・ワイルド)。エヴァンジェリスト氏はその時のことを云っているのだ。

「あの研修所は、個室だからなあ。連れ込み放題さ」

エヴァンジェリスト氏も行ったことのある研修所であった。

「いえ、連れ込んでいませんったら」
「隠すな、隠すな」
「隠していません」
「君はまだ若くて盛んなんだろうから、いいのさ、連れ込んだって」
「だ・か・ら、連れ込んでいません!そもそも、女性は数十人の研修生の中で、二人しかいなかったんですよ」
「二人いれば十分だ。普通、連れ込むのは一人だからな。それともなにかい、二人同時に連れ込んだのか?」
「いえ、二人同時に連れ込んだりはしていません!」
「じゃあ、普通通り、一人か、連れ込んだのは」
「いえ、女性を連れ込んだりはしていませんよ!」
「ほー、じゃあ、オトコを連れ込んだかあ。まさか君にソッチの方の…」
「ソッチの方もケありません。アナタ,シツコイですね」
「そりゃそうだな、君は無類のオンナ好きだからな」
「ええ、まあ、女性は好きですねえ」
「ほー、やはりオンナを連れ込んだんだな」
「いえ、だ・か・ら…」
「連れ込んで、どうせ、云われたんだろ『アナタ、ケダモノねえ』って」
「云われてませんったら、あの晩は」
「じゃあ、どの晩に云われたのだ、『ケダモノねえ』って?」
「それはそのお…」
「どうせボクは、『鹿』ですからねえ」
「そうだなあ、人間っぽく服は着ているが、服の下は『野生』だものなあ、時に、シタの方は」(参照:鹿、ザ・バイブレーション
「まあ、それは否定は出来ませんねえ」

最初は噛み合っていなかった二人の会話が、最後は何だか意見の一致を見ていた。

二人は仲良しだ。何だか嫉妬する。







2014年10月14日火曜日

グランプリ逃す?!...アオニヨシ君の『アミューズオーディションフェス2014』



「アオニヨシ君は残念でした」
「な、な、なんだ?アオニヨシに何かあったのか?」

揶揄ってみたら、エヴァンジェリスト氏は、まんまと引っ掛かってきた。

「いえ、何もなかったのです。グランプリは勿論、審査員特別賞も何も受賞できなかったんです」
「何のグランプリだ?」
「何をトボケているんですか!」
「いや、トボケては…」
「決ってるでしょ!昨日(2014年10月13日)は、『アミューズオーディションフェス2014』だったんですよ」
「そうかあ、『鹿』部門でも何の受賞もできなかったのかあ」
「そんな部門、ありゃあしませんよ。最初から、ないって申し上げてたでしょ、アミューズに『鹿』部門なんてないって」(参照:『鹿』が応募?!...アミューズオーディションフェス2014』
「まあ、なんにせよ、清原果耶(かや)ちゃんの方が、アオニヨシよりずっと可愛いものなあ」
「えっ!?グランプリをとった清原果耶ちゃんのこと、知っていたのですか?」
「歌うま・声優部門の小泉萌香さんは、さすがコーラス部だったなあ」
「えっ、えっ、えー!?」

揶揄っていたつもりであったが、揶揄われていたのは、こちらの方だったのかもしれない。

「バラエティー・タレント・キャスター部門の大松絵美さんの場内レポートもよかったし、俳優・モデル部門の金子大地君は、ワシなみのイケメンだった。WOWOWドラマ賞の堀田真由さんのバレエにはみとれたぞ。WOWOWキャスター賞の三浦優奈さんは、さすが『七夕クイーン』だなあ」
「あ、あ、アナタは一体…アミューズとも関係あるんですか?」
「ノー.コメントだ」
「石原プロは、ひょっとして、水木プロと合併はせず(参照:合併!?水木プロと石原プロ、アミューズと合併するのですか?」
「ノー.コメントだ。事務所を通してくれ」
「どこの事務所ですか?」

また、いつものやり取りになってきた。

「兎に角、ノー.コメントだ。事務所を通してくれ」
「いずれ合併するから、もしくは、少なくとも提携しようとしているから、今回の『アミューズオーディションフェス2014』では『鹿』部門を設けず、石原プロがひそかに計画しているという噂のある『2020年の裕次郎』フェスに『鹿』部門を譲ったのですか?」
「うっ、き、き、君は一体、その情報をどこから…」

負けてはいられない。切り返してやる!

駒形大学付属三島高校(通称:とんこー)と聖三島女学院(通称:さんじょ)みたいに合併するのですか?石原プロとアミューズは」
「ノー.コメントだ。ノー.コメントだが、君はテレビの見過ぎじゃあないか」
「最近は忙しく、TBS日曜劇場の『ごめんね青春』ぐらいしか見てませんよ」
「それを見ていれば十分だ」
「そういえば、アナタも『アミューズオーディションフェス2014』には応募すらしなかったんですね」
「うっ」
「アナタが、『アミューズオーディションフェス2014』に応募しなかったのも、結局、石原プロに義理立てしたからなんですか」
「ノー.コメントだ。事務所を通してくれ」
「それとも、アナタ、『2020年の裕次郎』フェスに出るのですか?」
「兎に角、ノー.コメントだ。事務所を通してくれ」
「自分の生活がかなり厳しい状況にあるというのに、2020年まで待てるのですか?本当に、アナタっていう人は!」(参照:『マルチ』VS『再雇用者』(その6=最終回)
「ノー.コメントだ。事務所を通してくれ」

と云いながらも、エヴァンジェリスト氏は嬉しそうだ。揶揄われていることも分らずに。








2014年10月13日月曜日

「オッカーノウーエ…」….【ビエール・トンミー氏の優雅な老後】




「アータ、どうしたの?朝っぱらから鼻ウタ唄うなんて」

マダム・トンミーがビエール・トンミー氏に訊ねた。

2014年10月13日、ビエール・トンミー氏は、台風が近づき曇天となった空を窓から見上げ、「オッカーノウーエ…」と唄っていたのだ。

若い頃、夫がアグネス・チャンに入れあげていたことは聞いたことがある。しかし、マダム・トンミーは、嫉妬はしなかった。相手は芸能人であるし(要は、現実的な存在ではないし)、自分の方が若くて美しいという自信があったのだ

実際、結婚してからの夫は、ヘンタイ混じりのスケベエではあったが、妻を裏切ることはしなかった(と、マダムは信じている)。アグネス・チャンの曲を聴くこともしなかった。勿論、アグネス・チャンの曲を唄うこともなかった。

しかし、今朝、夫は、

「オッカーノウーエ…」

と唄っていたのだ。

申すまでもない。アグネス・チャンの「ひなげしの花」である。

一体、夫に何が起きたのか?

嫉妬ではない。夫より1歳年下のアグネス・チャンももう、来年で還暦である。そんなおばあさんは、自分の敵ではない。自分はまだギリギリではあるが40歳台なのだ

「アータ、どうしたの?朝っぱらか鼻ウタ唄うなんて」
「いや、何でもないさ」
「アグネス・チャンでしょ?」
「ああ?ああ、そうか、そうだったね」

自分が何を唄っていたのかも分っていなかったようだ。

「アグネス・チャンも昔は可愛かったのにね。いや、君の方がもっと可愛かったよ。今もね」

それはそうだ。それは自分でも分っている。

「彼女もすっかり文化人になってしまっちゃったね。何だか、物議を醸すようなこともよく云ってるしね」

夫は今はアグネス・チャンに批判的だ。安心した、いや、元々、心配なんてしていない。夫は今でも自分にゾッコンなのだ。

「……ウーラナウノ、アーノヒトノ、コーコロ」

ビエール・トンミー氏は、続けて「ひなげしの花」を鼻唄ったが、もうマダムが気にすることはなかった。


……しかし、マダム・トンミーは、分っていなかったのだ。

「クールコナイ、カーエラナイ、カーエルー」

と唄うビエール・トンミー氏の心には、ある別の女性があったのだ。アグネス・チャンでもない、マダム・トンミーでもない、別の女性だ。

曇天だが、今日(2014年10月13日)、その女性の存在が、ビエール・トンミー氏の心を晴れさせていたのだ。







2014年10月12日日曜日

ほんの9年前のこと......戦争未だ終らず


その美少女は、生れた時代が違っていれば、もっと幸せな、いやもっと裕福な生活ができていたであろう。

彼女は、柴田真理さんである。

中国に生れだ。父親は日本人で東大卒の商社マン、美人の母親はドイツ人夫婦の養女である中国人だ。つまり、彼女は、日中のハーフである。

戦争がなければ、きっと裕福な家庭の娘としての人生を過ごしたことであったろう。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


エヴァンジェリスト氏は、少し前に録画していたNHKヒューマンドキュメンタリー「二人の旅路~日中 激動を生きた京劇夫婦~」という番組を見た。



戦争が彼女(柴田真理さん)の人生を大きく変えた。

父親は日本に強制送還された。母親は、夫を追って、娘と日本に渡ろうとしたが許可されなかった。

母親は娘と10年間、夫からの連絡を待ったが、連絡がとれることはなく、生活の為に中国で、中国人と再婚した。再婚生活は貧しいものであった。

娘が日本名(柴田真理)では迫害されるので、母親は娘の名前を「柴正莉(サイ・シンリ)と変えた。

娘は、貧しい生活を助ける為、14歳で京劇に入った。



美人な彼女は、京劇でも目立った存在となり、別の京劇団の所属のスターであった梁嘉禾(りょう・かほ)さんと出会い、結婚した。

直ぐには一緒に暮らすことはできなかったが、やがて二人一緒の劇団で舞台に立ち、夫の梁嘉禾さんは、1989年、京劇俳優の最高峰である「国家一級俳優」という資格を得た。大スターである


しかし、梁嘉禾さんはその大スターの地位を棄てた。

妻の真理さんが、実は日本人であることがばれ(実際には、日中のハーフであるが)、劇団仲間等から迫害を受けるようになったのだ。

愛する妻の為、梁嘉禾さんは大スターの地位を棄て、所謂、「残留孤児」にあたる妻と一緒に日本に(福岡に)渡った。1992年のことである。

日本では、二人をまともに雇ってくれるところがなく、バイトやパートをし、一時は中国料理店を開いたが、真理さんが体調を崩し、1年で閉店となった。

2009年から二人は、残留孤児支援給付費で暮らしている。



では、二人は不幸であるのか?

真理さんは、夫に京劇の大スターの地位を棄てさせたことを気にしている。しかし、夫はその地位を棄てたことを、妻と日本に渡ったことを悔やんではいない。

日本での今が、一番幸せ、と梁嘉禾さんは云うのだ。何という素晴らしい男であろうか。エヴァンジェリスト氏は、兎角、不満を云う自分が恥ずかしい。



ところで、真理さんの父親は、どうしていたのか?

父親は日本に帰った後、ウルグアイで事業を営むようになっていた。真理さんは、日本に渡る前にそのことを知り、父親とこっそり文通をしていた。こっそりしないと、日本のスパイと思われるのだ。

しかし、結局、真理さんが日本に渡る前に、父親は死亡した。



番組は、その後(柴田真理さん夫婦が日本に渡った後)、一時、中国に戻る真理さんと梁嘉禾さんを追った。

梁嘉禾さんが、20年振りに中国で京劇の舞台に立つからだ。勿論、主役である。

梁嘉禾さんの舞台は、番組では少し紹介されただけではあったが、それでも流石としかいいようがなかった。

まもなく石原プロ入りし、還暦過ぎながら俳優デビューし、ついでに「船橋駐車」という歌舞伎役者にもなろうかというエヴァンジェリスト氏が云うのだから、確かであろう。(参照:船橋停車【音羽屋】菊五郎は多湖輝か?【5次元空間を飛ぶ】「あっちゃんも一緒だったんですか?」(その3-最終回)




日本での生活振りを見た時には、日本語も十分には出来ず、辛い日々を送っている、ただの年寄りとしか見えなかったが、京劇に「戻った」梁嘉禾さんの姿は、表情は全く別のものであった。

こんな名役者が、故国の舞台を棄て、今、日本で貧しい生活を送っているのかと思うと、何とも云えなくなる。

京劇は、歌舞伎みたいなものである。言わば歌舞伎の花形役者が全盛期に役者を止め、愛する妻の為に別の国の貧しい生活を選んだようなものなのだ。



しかし、梁嘉禾さんは日本にいる今が幸せなのだ。

そんな夫に愛されている真理さんも幸せである。



しかし、である。

しかし、これで良かったのか?

戦争がなければ、真理さんは、上記のような貧しく苦しい生活をすることはなかったのである。

貧しい生活から京劇役者になり、こんな素晴らしい人間である梁嘉禾さんと出会い、結婚したのだから、結果としては「良かった」のかもしれない。



しかし、である。

しかし、ただ良かったとだけ云っていいのか?

人生はどうなるか分らない。東大卒で優秀な父親と美人の母親と一緒に暮らせていたとしても、何がしかの不幸が待っていたかもしれない。

一方、現実は、貧しく苦しい生活から、他にない良き連合いと出会えたのだ。



しかし、である。

しかし、真理さんの生活は、そして、梁嘉禾さんの今の生活は、本当にただ「幸せ」なものであるのか。

エヴァンジェリスト氏は、お二人の知合いでもなく、普段の生活振りを見ている訳ではないが、決して生活は楽ではないはずだ。

お二人とも日本語が達者である訳ではなく、残留孤児支援給付費だけでは生活は苦しいはずだ。再雇用者で「月8万円の手取り」であるエヴァンジェリスト氏には分るのだ。(参照:マルチ』VS『再雇用者』(その6=最終回)



戦争がなければ.....

戦争がなければ、真理さんの人生はどんなものとなっていたのか?そして、梁嘉禾さんの人生はどんなものとなっていたのか?

戦争とは何か?

戦争は国民を守るものでは決してない

戦争は国民の生活を、人生を、運命を変えてしまうものなのだ。国民を守る戦争、なんて詭弁に過ぎない。

真理さんの例を見ても分るように、戦争があったとしても、「幸せ」な人生となることもあろう。



しかし、である。

しかし、それは結果論なのだ。

戦争がなければ、人は自分の人生を自身で決めることができる。

しかし、戦争は、人が自分の人生を自身で決める権利を奪うのだ

それが戦争なのである。

戦争が、真理さんの人生を変えた。人生を変えられた真理さんは今、日本で、福岡で、色々な過去を背負い、色々の思いを持ちながら、生活されていると思う。

戦争は未だ終っていない。戦後70年近く経つ2014年の今も戦争は続いているのだ。



エヴァンジェリスト氏は、1954年の生れである。戦後世代だ。

しかし、エヴァンジェリスト氏が生まれるほんの9年前まで、まだ戦争は続いていたのだ。何の怖れもなく生活している同じところに、空襲に逃げ惑う人たちがいたのだ。



考えてみるがいい。

今から9年前、貴方は何をしていたのか。9年前は、昨日と大して変らない過去である。歳をとればとる程、9年前と昨日との差は小さい。

エヴァンジェリスト氏が、幸せな幼児期、少年期を過ごした昭和30年代も、実は戦争とそうかけ離れた時代ではなかったのだ。

そして、2014年の今も、戦争とそうかけ離れた時代ではない、というよりも、戦争は未だ続いているのだ

「終戦」で戦争が終った訳でも、終る訳でもない。

真理さんと梁嘉禾さんの人生がそのことを教える。

他にも巷には、戦争に翻弄された人たちは一杯いるはずだ。今もいるはずだ。

直接、戦火を受けずとも、親が戦争に翻弄された結果、その子の人生が変えられてしまった例は一杯あるはずだ。

それが戦争だ。

戦争は未だ終っていない。そして、戦争が終わらないまま、今また戦争は始るのだ。










2014年10月11日土曜日

幽霊退散……「うぬぼれ営業」氏的ピンチ脱出法



カレの許に、「彼女」が現れた。

カレは、「彼女」に頸を絞められた。四国のある県のホテルのことである。


廊下で「彼女」の足音がしたと思ったら.......
次の瞬間、「彼女」はカレの部屋におり、カレの頸を絞めていた。



???..........貴方は、この話がお判りか?


そう、カレ、「うぬぼれ営業」氏は、「彼女」は「幽霊」だった、と云うのだ。

「うぬぼれ営業」氏は、ホテルの部屋にいた。そして、廊下を歩く人の足音が聞こえた、と思った次の瞬間、「彼女」に馬乗りになられ、頸を締められていたのだ。

人間が瞬間異動できる訳がない。それは「幽霊」であった、と「うぬぼれ営業」氏は断言する。

それが女性であることは判ったが、締められた頸が苦しくて、「彼女」の顔や姿は覚えていない。ただ、香水をつけていたのか、いい匂いがしていたことは記憶している。

しかし、いい匂いにうっとりはしていられなかった。頸を締める手の力はどんどん強くなり、「ああ、死んでしまうんだあ」と思いながら、意識を失っていったのだ。



……怖くて怖くてもう、「うぬぼれ営業」氏はその県への出張をしないことに決めた。

上司であるキタグニカラキタ・カミ氏(旧名:キタグニカラキタ・スパイ、参照:スパイが神になった日)に命令されても、もうその県には足を踏み入れない、と決めたのだ。それ程の恐怖体験であったのである。


貴方は、疑問に思っているだろう。

そう、貴方は、「彼女」は「幽霊」ではなく、「うぬぼれ営業」氏がホテルに呼んだデリバリーな女性ではないかと。

そして、「うぬぼれ営業」氏は、いい匂いの「彼女」とそういうプレイをしようとしたがどういうプレイか?まあ、そういうプレイですよ)、「彼女」が真面目にやりすぎて窒息しそうになっただけではないか、と。

いや、私はそうは思わない。

超愛妻家の「うぬぼれ営業」氏が、デリバリーな女性をホテルに呼ぶことはないであろう。また、マダム・ウヌボーレに、そんなお金を持たせてもらってもいないはずだ。

それに、「うぬぼれ営業」氏は「幽体離脱」ができるのだ。「幽霊」に遭遇しても不思議ではない。(参照:疑惑.....ジャニーさんの一言か、タイの王族の介入か、サイババの遺言か?「うぬぼれ営業」氏を見た!..........幽体離脱か?

疑問があるとしたら、「幽霊」に頸を締められ、死にそうになるという窮地をどのようにして逃れたのか、ということである。

超愛妻家だがスケベエであるカレは、多分、頸を絞められながら、「彼女」のお尻を触ったのだ。

 「キャッ!」 


まさか「幽霊」のお尻を触る暴挙に出る人間がいるとは思っていなかった「彼女」は驚き、そして、身の安全が心配となり、逃げ去ったのであろう「幽霊」とはいえ、そこは女性であるのだ。

 恐るべし「うぬぼれ営業」氏!