(【WWD】青春のハナヱモリ(その1)の続きである)
夜、9時過ぎ、「WWD」の事務室のドアが開き入って来たヴィトン君の項垂れた頭から足元までが、こころなしか濡れているような気がした。
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知らない方の方が多いかとは思うが、30年余り前のこと、エヴァンジェリスト氏は僅かな間(半年間)ではあるが、ハナヱモリ・グループで働いていたことがある(そのハナヱモリは、2002年に倒産してしまったが)。
ハナヱモリ・グループの中でエヴァンジェリスト氏は、「WWDジャパン」というファッション新聞を発行する会社(フェアチャイルド・モリ出版)に配属になった。今の「WWDジャパン」の人たちは、まさか、あのエヴァンジェリスト氏がかつて「WWDジャパン」に居たとはご存じないであろうけれど。
「WWDジャパン」(フェアチャイルド・モリ出版)は、HANAE MORIビルの中ではなく、南青山5丁目のビルの9階、10階に在る会社であった。スーパーの紀ノ国屋のはす向かいにあり、高樹通り[高樹町通りであったか](今の、骨董通り)の入り口にある銀色の細長いビルであった。
「WWDジャパン」では10階の編集に配属になった。
配属初日の午前中は、編集のメンバーを紹介されたり、テレックス(海外との通信を行う機械)の使い方を教わった。しかし、お昼休みが終って編集に戻ると、「エヴァ君、悪いんだけど、午後からは下(営業)に行ってくれない」と云われ、僅か2時間で編集をクビになり、急に今度は営業マンになることになった。これが世に於けるエヴァンジェリスト氏の営業マンとしての始まりである。
営業の仕事には、広告取りの仕事もあったが、エヴァンジェリスト氏が担当したのは、「WWDジャパン」紙の販売(定期購読者の獲得)であった。
一方、同期入社のヴィトン君は、最初から広告担当(広告取り)の営業になっていた。今で云うイケメンであったからであろうか。
女性デザイナーに気に入られると判断されたのであろうか。男性デザイナーでもその筋の人には、イケメンで気に入られると判断されたのであろうか。
エヴァンジェリスト氏も、「うぬぼれ営業」氏的な言い方をすると、「どちらかといえば」(【呉市音戸町波多見】どちらかといえばキリスト教。どちらかとえいば平家。(後編))イケメンであった。
エヴァンジェリスト氏の今の姿しか知らない方々には信じられないことであろうが、確かに「どちらかといえば」イケメンであったのである。
しかし、同じようにイケメンとはいえ、マスクの甘さではヴィトン君が勝っていた。
エヴァンジェリスト氏は、田宮二郎・天地茂・杉良太郎的な硬派な感じのイケメンであったが(とご本人が仰るのだ)、ヴィトン君は睫毛の長い漫画の王子様的なイケメンであったのだ。
その自慢の長い睫毛が、濡れて光っているように見えたのだ。その日、ヴィトン君が9時過ぎにようやく帰社した時のことである。
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