【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方［その314］

 

「あのハゲで髭生やしとる人、『夢の超特急』に乗ったことあるん？」

と、少女『トシエ』は、真顔でビエール少年に訊いた。『夢の超特急』とは勿論、『新幹線』のことである。当時（1967年である）、『新幹線』のことを、人々は、よく『夢の超特急』と云ったものであった。

1967年4月のある土曜日、広島市立牛田中学を出た1年X組のビエール少年と『ボッキ』少年が、『ハナタバ』少年と、後で『秘密の入口』で会おう、と別れたところであった。いつからか、ビエール少年と『ボッキ』少年の背後にいた少女『トシエ』が、『秘密』という言葉を捉え、何の『秘密』か追求していたところ、遠りがかった赤い髪の若い外国人女性が、『バド』と呼ばれているビエール少年に対して、アメリカ人なのかと訊き、ビエール少年と英語での会話を交わしたのを見て、『ボッキ』少年と少女『トシエ』が、ビエール少年の英語力に感嘆していたことから、ビエール少年が見ているというNHK教育テレビの『テレビ英語会話』話題へとなっていた。そして、更に、少女『トシエ』が、奥さんが英語喋れない訳にはいかないから、自分も『テレビ英語会話』見るようにすると云い出し、少女の妄想は、ビエール少年の妻となった自分が、『整体拝受』の際の『ホスチア』だって作るかもしれない、とまで拡がっていっていた。しかし、『ボッキ』少年が、自分はキリスト教の知識のない理由として、お経の一節、『ナ～ムア～ミダ～ンブー』を唱えたことから、広島には『浄土真宗』の家が多いらしい、とビエール少年が博識ぶりを見せ、『ボッキ』少年も『東本願寺』、『西本願寺』を持ち出しはしたものの、『浄土真宗』が『東』と『西』とに別れた事情を知らず、ビーエル少年が、元は一つの『本願寺』だった『石山本願寺』を信長が攻撃したことが原因と説明しだした。そして、その『石山本願寺』信長がなかなか攻め切れなかったのは、『毛利輝元』が『石山本願寺』に食料とか武器なんかを提供して味方したからだとも説明をしたのだ。そこで、少女『トシエ』が、『石山本願寺』にお好み焼きも差し入れしたのだろうか、と云い出し、ビエール少年はそれを否定したが、少女『トシエ』は今度は、『もみじ饅頭』を差し入れしたのだろう、と云い出しことから、話は『もみじ饅頭』という名前の謂れ（『伊藤博文』が名前のヒントを与えた）へと派生していっていた。だが、何故か話は、『夢の超特急』へと移っていったのであった。

「おお、『♪ビュワーン　ビュワーン』かあ」

『ボッキ』少年が、歌いながら、虚空を凝視め、眼を左から右へと流した。走り去る電車を追っていたのだ。

「『♪じそーくにひゃーくごしゅっきろお』！」

少女『トシエ』が、呼応して歌った。

「『♪とんでくようだな　走るううう』！おお、乗ってみたいのお」

『ボッキ』少年は、まだ見ぬ『夢の超特急』を、まさに夢に見ているようであった。

そして、同級生2人が唄う歌が、『はしれちょうとっきゅう』という歌であることは勿論、ビエール少年にも判った。NHKの『うたのえほん』で唄われていたのである。

ただ、その作詞を児童読物作家である（児童文学者ではない）『山中恒』がしており、更に、後に自分の終生の友人となるエヴァンジェリスト氏の数少ない好きな作家の一人が『山中恒』であることは、その時（1967年である）、まだ知らず、それから55年経ってから（2022年に）、初めて知ることになるのであった。

「『♪ビュワーン　ビュワーン』！」

と、少女『トシエ』も、浮かれている。

その『はしれちょうとっきゅう』の作詞者である『山中恒』は、それから（1967年から）数年後に放映されることになるNHK少年ドラマシリーズの『とべたら本こ』や『ぼくがぼくであること』の原作者であり、また、『大林宣彦』監督の映画・尾道三部作の原作者でもあった。

しかし、ビエール少年は、その時、『山中恒』のことを知らないだけはなく、その尾道三部作もまだ製作されてはおらず、だからその三部作の映画の存在を知っているはずもなく、三部作の一つに『転校生』という映画があり（原作は、『おれがあいつであいつがおれで』）、その『転校生』という言葉が、翌年（1968年）、自分にとって大きな衝撃、初めての衝撃を与える言葉となることを知る由もなく、

「『♪ビュワーン　ビュワーン』！」

「『♪ビュワーン　ビュワーン』！」

と、『ボッキ』少年と少女『トシエ』とが、各々、身を左右に揺らしながら唄う姿に気圧されているだけであったが…

「どうじゃあ、国鉄はあ！」

唄うのを止めた『ボッキ』少年が、胸を張って強く言葉を吐いた。

（続く）