2022年11月11日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その323]

 


「『ジャイアント馬場』の足の大きさは、実際は、『十四文』くらいだったらしいよ」


と、ビエール少年は、どうでもいいことだと思いながらも、『ジャイアント馬場』の足の大きさを解説した。


1967年4月のある土曜日、広島市立牛田中学を出た1年X組のビエール少年と『ボッキ』少年が、『ハナタバ』少年と、後で『秘密の入口』で会おう、と別れたところであった。いつからか、ビエール少年と『ボッキ』少年の背後にいた少女『トシエ』が、『秘密』という言葉を捉え、何の『秘密』か追求していたところ、遠りがかった赤い髪の若い外国人女性が、『バド』と呼ばれているビエール少年に対して、アメリカ人なのかと訊き、ビエール少年と英語での会話を交わしたのを見て、『ボッキ』少年と少女『トシエ』が、ビエール少年の英語力に感嘆していたことから、ビエール少年が見ているというNHK教育テレビの『テレビ英語会話』話題へとなっていた。そして、更に、少女『トシエ』が、奥さんが英語喋れない訳にはいかないから、自分も『テレビ英語会話』見るようにすると云い出し、少女の妄想は、ビエール少年の妻となった自分が、『整体拝受』の際の『ホスチア』だって作るかもしれない、とまで拡がっていっていた。しかし、『ボッキ』少年が、自分はキリスト教の知識のない理由として、お経の一節、『ナ~ムア~ミダ~ンブー』を唱えたことから、広島には『浄土真宗』の家が多いらしい、とビエール少年が博識ぶりを見せ、『ボッキ』少年も『東本願寺』、『西本願寺』を持ち出しはしたものの、『浄土真宗』が『東』と『西』とに別れた事情を知らず、ビーエル少年が、元は一つの『本願寺』だった『石山本願寺』を信長が攻撃したことが原因と説明しだした。そして、その『石山本願寺』信長がなかなか攻め切れなかったのは、『毛利輝元』が『石山本願寺』に食料とか武器なんかを提供して味方したからだとも説明をしたのだ。そこで、少女『トシエ』が、『石山本願寺』にお好み焼きも差し入れしたのだろうか、と云い出し、ビエール少年はそれを否定したが、少女『トシエ』は今度は、『もみじ饅頭』を差し入れしたのだろう、と云い出しことから、話は『もみじ饅頭』という名前の謂れ(『伊藤博文』が名前のヒントを与えた)へと派生していっていた。だが、話は、『伊藤博文』が、山口県光市出身であることから、『夢の超特急』に移っていったものの、今度は、『光市』から臨海学校へと移ってきたのであった。『光市』は、当時(19060年代である)、広島の学校がよく臨海学校で行くところであったからである。そして、最初は臨海学校に興味なさげであった少女『トシエ』が、ビエール少年と(だけではないが)教室で一緒に寝ることになるであろう臨海学校に眼を輝かせ、あろうことかネグリジェを着るとまで云い出し、ビエール少年は、『かわいい魔女ジニー』の姿態を思い出し、股間に『異変」を生じさせていたが、『ボッキ』少年の言葉で、どうにか『本願寺』が『東』と『西』とに別れた事情へと話は戻ったのではあった。だが、『浄土真宗』を広めた『親鸞』の子孫『蓮如』の関連して、晩年、『浄土真宗』に改宗した『一休さん』へとまたまた話は逸れたが、ビエール少年は、なんとかまた『本願寺』が『東』と『西』とに別れた事情へと話は戻し、『信長』が和睦の為、『本願寺』に渡した『一文字呉器』に言及したところ、少女『トシエ』は、『ゴキブリ』は嫌いだと云い出し、『ボッキ』少年は、『一文』から『ジャイアント馬場』の『十六文キック』の言及してきたのであった。


「足の大きさを『文』って云うのは、むか~し、日本では足の大きさを一文銭で測ったことから使われるようになったんだそうで、『一文』って、約2.4センチだから、『ゴキブリ』が『一文』だとしても、特別大きくはないと思うよ」

「じゃあ、『信長』が『本願寺』に上げた『ゴキブリ』は、普通の『ゴキブリ』だったんかあ」

「いや、『信長』が『本願寺』に上げたのは、『ゴキブリ』じゃなくって『一文字呉器』だよ。『呉器』は、そう、広島の『呉市』の『呉』に『器』(うつわ)って書くんだ」

「な~んじゃあ、『信長』は『本願寺』に、『ゴキブリ』じゃのうて、『器』を上げたんかあ」

「うーん、『呉器』は、『ゴキブリ』じゃないんだけど、関係なくはないんだ」

「はあ~ん?やっぱり、『信長』は『本願寺』に『ゴキブリ』上げたん?」

「いや、『ゴキブリ』って、元々は『ゴキカブリ』って云ってたらしいんだけど、『ゴキカブリ』の『ゴキ』は、『器』、『茶碗』のことなんだって。『ゴキ』の『ゴ』は、『親御さん』の『御』を書いたり、『五つ』の『五』を書いたりもするけど、『呉市』の『呉』とも書かれるんだって。『一文字呉器』の『呉器』だよ。どの漢字にしても『ゴキ』っていう『器』、『茶碗』は、『高麗茶碗』のことで、『高麗』つまり『朝鮮』から伝わった『茶碗』で『茶道』に使うもののことなんだったんだって」

「ふううん…なんか、よう分らんけど、なんで『ゴキ』が『カブリ』なん?」

「ああ、そこはね、ハッキリはしないみたいなんだけど、『カブル』って、『かぶりつく』とか『齧る』っていう意味あるから、茶碗か茶碗についた食べ物を齧ることから、『ゴキカブリ』になったのかもしれないし、ツルツルした茶碗を被った、と云うか背負ったようだから『ゴキカブリ』になったのかもしれないみたいなんだ」




「なんか難しいのお。で、つまり、『信長』が『本願寺』に上げたんは、『ゴキブリ』じゃないし、『ジャイアント馬場』の『十六文』とも関係ない、いうことなんかいね?」

「そうだね。『一文字呉器』は、『呉器』で『茶碗』だし、『一文字』と付くのは、勿論、『十六文』とは関係なくって、『茶碗』の横に『一文字』の模様のようなものが付いているからなんだ」

「ああ…」

「『ボッキ』くんでも難しいん?ウチは、もう分っとるよ。『ジャイアント馬場』の『十六文』は、本当は、『十六文』じゃのうて、アメリカ靴の大きさのことなんじゃけえ」


少女『トシエ』が、自慢げに口を挟んできた。


「その通りだよ」

「うん、やっぱり『バド』じゃ」


少女『トシエ』が、大きく頷いた。


「え?」


何が『やっぱり』なのか、ビエール少年には、分らなかった。



(続く)




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