【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない？入れない？［その119］

「エヴァさん、曲がれるよね？」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、官僚が為政者の為に国会で嘘をつくという『曲がったこと』をする場合、その官僚に親がいるとしたら、親は自分の息子（或いは、娘）のことをどう思うだろうか、と思うようになることをまだ知らなかった。

-------------------------------

オン・ゾーシ氏とその恋人のニキ・ウエ子さんとエヴァンジェリスト氏が、草津についた時、午前10時は過ぎていた。

1982年の冬、会社の同期の皆でスキーに行くことなり、バスでスキー場に向かう皆とは別に、エヴァンジェリスト氏は、同期の１人であるオン・ゾーシ氏の運転するセダンに乗って、スキー場に向ったのだ。

「だいぶ遅れちゃって、ごめんね」

オン・ゾーシ氏の運転するセダンは、軽井沢の凍結した坂道をスリップし、登りきれず、予定外のルートを行くこととなった。そして、別ルートの道も、凍結しており、ちょっとだがスリップする等した為、予定より大幅に遅れて草津に到着したのだ。

ホテルにチェックインし、エヴァンジェリスト氏は、スキーウエアに着替えたが、エヴァンジェリスト氏は、部屋の鏡に、スキーウエアを着た自らの姿を見て、呟いた。

「いいのか、ボクが…..」

テニス同様、スキーも、決して裕福とは云えない家庭に育ったエヴァンジェリスト氏にとっては、高嶺の花のスポーツであった。

「（スキーなんて、金持ちのするスポーツだ）」

ラケットを持たずテニス部に入ったように、スキーウエアもスキー板もないまま（買うこともせず）、エヴァンジェリスト氏は、草津まで来たのだ。しかし、オンゾーシ氏のお古ではあったが、高価なスキーウエアの自信の姿を見て、呟く。

「ま、いいか、たまには…….」

貧乏人は、金持ちを嫌悪する。その嫌悪すべき対象の側に自分が立っていることに罪悪感があったが、一生踏み入れることはないと思っていた世界に自らの身を置こうとしていることに、若きエヴァンジェリスト氏の細胞には、一種の高揚感のようなものが泡立っていたのであった。

（参照：【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない？入れない？［その118］）

「（ボクは今、スキーをしに来ている。フフ）」

オンゾーシ氏に誘導され、レンタル・スキー・ショップに向いながら、エヴァンジェリスト氏の頬は緩んでいた。

オンゾーシ氏に選んでもらったスキー板とストック、そして、スキー靴を借り、スキー靴に脚を入れ込んだ。

「（な、なんなんだ、これは！）」

脚が曲がらない。いや、曲がらなくはないのだが、脚が思うように動かせない。

「（こりゃ、ギブスではないか！）」

ストックを持ち、それを杖として何とか立ち上がる。

「（嘘だろ！....こんなん履いて、滑るのか！？）」

いや、滑る以前に、歩くことさえままならない。

「エヴァさん、大丈夫？」

心配したオンゾーシ氏が声を掛ける。

「だ、だ、大丈夫だ…..」

全然、大丈夫ではなかったが、金持ちの世界に足を踏み入れるには、この『ギブス』を克服しないといけないのだろう。

「じゃ、行こうか」

オンゾーシ氏に促され、エヴァンジェリスト氏は、スキー場へと向い始めた。

（動く）