「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、某国では、公務員が公文書を改竄しても罪に問われないことを、まだ知らなかった。
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「なんで、テニス部に入ったんだ?」
ハンソデ先輩の声が、頭の中でリフレインする。
1981年の夏の軽井沢での会社のテニス部の合宿、新入社員のエヴァンジェリスト氏は、それでも、テニス・コートの内外で揺れる白い物に目を奪われていた。
「(んっ……)」
唾を飲み込む。
エヴァンジェリスト氏は、白い物が『スコート』と呼ばれるものであることは知らなかった。女性用のテニスウエアである。エヴァンジェリスト氏にとって、それはただ、艶めかしいミニ・スカートであった。
「なんで、テニス部に入ったんだ?」
「(だって……オン・ゾーシ君に誘われたんだ.....)」
心の中でそう言い訳しながらも、エヴァンジェリスト氏は知っていた。自分が嘘はついてはいないものの、本当のことを云ってはいないことを。
しかし、エヴァンジェリスト氏は自らを騙すことはできない。
「(そう、ボクがテニス部に入ったのは、女の子が多いからなのだ)」
エヴァンジェリスト氏は、己の『原罪』を意識した。
「(誰か女の子と親しくなって…ああ、うっ……..)」
股間を抑えながら、『懺悔』する。…….が、
「(んっ……)」
また、唾を飲み込む。
『本能』は怖ろしい。『懺悔』の最中も、エヴァンジェリスト氏の目は、女性部員達の『スコート』を、『アンダー・スコート』を、そして、そこから剥き出された脚を追うのだ。
「エヴァさーん!」
自分を呼ぶ声に、エヴァンジェリスト氏は、我に返った。
「エヴァさんの番よ」
と、云われ、エヴァンジェリスト氏は、コートに立った。
まだ試合ではない。相手を置いての練習だ。ラケットは、オン・ゾーシ氏に借りた。
テニスをするのは、この合宿が初めてではなかった。2度だけ、テニス部の練習に参加したことがあった。
その時も、ラケットは、オン・ゾーシ氏に借り、テニスの基本もラケットは、オン・ゾーシ氏に教えてもらった。
しかし、オン・ゾーシ氏に誘われてテニス部にも入ったものの、エヴァンジェリスト氏は、テニスをすることに抵抗感があった。
エヴァンジェリスト家は、貧困家庭ではなかったが、決して裕福な家庭ではなかった。
兄弟は、自身を含め3人いた。皆、男である。エヴァンジェリスト氏は三男だ。
長兄は、大学は広島を出て松江に行き、島根大学に行った。国立だが、独り住まいはお金がかかる。
長兄とは年子で学年は2つ下の次兄は、中学・高校と地元広島にあるが私立の進学校(修道中学・高校)に行った。大学は、東京に出て、一橋大学に入った。これも国立だが、東京での独り住まいは、両親にとって少なからぬ出費だ。
エヴァンジェリスト氏自身は、高校までは地元広島の公立の学校であったが、大学はご存じ、東京のOK牧場大学だ。名門に割りに授業料は高くはなかったが、私立大学に通う東京での独り住まいは、やはり両親にとって少なからぬ出費であった。
そんなエヴァンジェリスト家の三男にとって、テニスは金持ちのするスポーツという認識であった。
「(ボクがテニスをしていいのか?)」
そう自問した。オン・ゾーシ氏にテニス部入りを誘われた時、躊躇はあった。
しかし、若きエヴァンジェリスト氏は、『本能』に負けた。
(続く)
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