「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、『曲がったこと』を許さないはずの検察も、実は為政者に逆らったことはしないものだ、ということを知っていた。
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エヴァンジェリスト家は、貧困家庭ではなかったが、決して裕福な家庭ではなかった。
そんなエヴァンジェリスト家の三男にとって、テニスは金持ちのするスポーツという認識であった。
「(ボクがテニスをしていいのか?)」
そう自問しながらも、エヴァンジェリスト氏は、会社のテニス部に入り、1981年の夏、テニス部の合宿で、軽井沢にいた。
「(しかし、テニス部には女の子が多い。だから、ボクはテニス部に入った….)」
テニス部の女子達は、何やら白いミニスカートを履き、脚を剥き出しにすることも知っていた。
軽井沢のテニスコートに立った時も、
「(貧乏人のボクが、金持ちのスポーツ、テニスをしていいのか?)」
と、未だ躊躇するところはあった。それは、卑屈な感情ではなく、嫌悪感であった。貧乏人は、金持ちを嫌悪するのだ。
だが、女の子たちの『スコート』と、そこから剥き出しの脚にエヴァンジェリスト氏の股間は、『反応した』ままとなっていた。
そして更に、そこが金持ちの来る場所、軽井沢であることに、エヴァンジェリスト氏はえも言えぬ高揚感を覚えた。
「(ボクは、今、テニスをする。それも軽井沢で、だ)」
それは、嫌悪感と高揚感の入り混じった不思議な感情であった。
そんなアンチノミーな感覚の中で、エヴァンジェリスト氏は、右手にラケットを持ち、そして、左手にテニス・ボールを取った。
「ポーン!」
と音がした訳ではないが、エヴァンジェリスト氏は、左手に持ったテニス・ボールを上空に投げ上げた。
その瞬間である。
「いくわよお~!」
エヴァンジェリスト氏は突然、奇声を発した。
ドヨメキが起きた。
「ん、ぷっ…….!」
次いで、エヴァンジェリスト氏の立つコートの周囲で、哄笑が渦巻いた。
周囲の反応に満悦のエヴァンジェリスト氏は、右手に持ったラケットを後ろに引き、合せて上体を反らし、続けて、引いたラケットを振り上げ、上空から落ちて来るボールを叩いた。
「ぷっ、ふぁ~」
大受けであった。エヴァンジェリスト氏の打ったボールは、大ファウルであったのだ。
頭を掻きながらも、エヴァンジェリスト氏は、内心で北叟笑んだ。
「(よし、もう一丁!)」
再び、テニスボールを手にし、それを上空に投げ上げる。
「いくわよお~!」
もう意外性はなかったが、
「ん、もう……!」
呆れながらも、コートの周囲は笑みに包まれた。女性部員たちも顔が綻んでいた。
(続く)
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