「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、官僚が為政者の為に国会で嘘をつくという『曲がったこと』をする場合、その官僚に子どもがいるとしたら、自身の子どもに対して恥を感じることはないのか、と思うようになることをまだ知らなかった。
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「(女の子と親しくなりに来たんです)」
エヴァンジェリスト氏は、心中でハンソデ先輩に答えた。
「(案の定、大受けです)」
しかし、そんな言葉を実際に発したら、タダでは済まないことくらい、いくらフザケタ野郎、エヴァンジェリスト氏だって分っていた。
1981年の夏の軽井沢、テニス部の合宿で、サーブを打つ時、エヴァンジェリスト氏が発した
「いくわよお~!」
という奇声は、周囲に受けた。
しかし、テニス部の部長であるハンソデ先輩はそれを許さなかった。
「お前、いい加減にしろよ!」
怒声が、コートにいるエヴァンジェリスト氏に発せられた。
「お前、ここに何しに来た!」
ハンソデ先輩は正しい。合宿は、テニスをする場である。ハンソデ先輩は、『曲がったことが嫌いな男』なのだ。それは判る。
だが、エヴァンジェリスト氏にとって、ハンソデ先輩は、自身の修士論文『François MAURUAC』論的世界の中に於ける『義人』であった。
エヴァンジェリスト氏は、既成の価値観を嫌悪する。
「いくわよお~!」
は、既成の価値観を破壊する為の言葉であるのだ。
エヴァンジェリスト氏は、独り反論した。
「(自分だって、『真っ直ぐ』なのだ。自分は、ただただ女の子と親しくなりたいのだ)」
エヴァンジェリスト氏のその思いは、エヴァンジェリスト氏の体が示していた。
そう、エヴァンジェリスト氏の股間は、『スコート』を履いた女性部員達を見て、彼女達の剥き出しの脚を見て、『硬直』していたのだ。
「(ボクは、『曲がったことが嫌いな男』だ。だから、股間だって『真っ直ぐ』になるのだ)」
…….しかし、エヴァンジェリスト氏は、自身が詭弁を弄していることを知っていた。
エヴァンジェリスト氏が、『曲がったことが嫌いな男』であることに間違いはなかった。
エヴァンジェリスト氏は、『己を見る』男であった。己の嘘を、己の罪を知っていた。
だから、頭の中で、ハンソデ先輩の言葉がリフレインしていたのだ。
「なんで、テニス部に入ったんだ?」
「お前、いい加減にしろよ!」
「お前、真面目にやれえ!」
……..その時であった。
『キュ、キュ、キューッ!』
(続く)
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