「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、裁判所も国会も為政者に逆らったことはしないものなので、三権分立なんて実は幻想である、ということを知っていた。
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「お前、いい加減にしろよ!」
背後から、怒声が、コートにいるエヴァンジェリスト氏に発せられた。
「お前、真面目にやれえ!」
エヴァンジェリスト氏が振り向くと、そこに仁王立ちしていたのは、ハンソデ先輩であった。テニス部の部長である。
1981年の夏の軽井沢、テニス部の合宿で、サーブを打つ時、エヴァンジェリスト氏は奇声を発した。
「いくわよお~!」
周囲にドヨメキが起き、哄笑が渦巻いた。
「いくわよお~!」
その後、エヴァンジェリスト氏は、幾度も、コート上で、得意の科白を発した。
アニメ『エースをねらえ!』の影響かと思われた。テニスのスポーツ根性物アニメだ。
しかし、ハンソデ先輩は、巫山戯た男を許せなかったのだ。
「お前、ここに何しに来た!」
エヴァンジェリスト氏は、コートから出ると、ハンソデ先輩に背中を見せ、その場を去った。
「(女の子と親しくなりに来たんです)」
エヴァンジェリスト氏は、心中でハンソデ先輩に答えた。
「(案の定、大受けです)」
しかし、そんな言葉を実際に発したら、タダでは済まないことくらい、いくらフザケタ野郎、エヴァンジェリスト氏だって分っていた。
だから、
「(テニスなんてしに来ていません。ええ、女の子目当てですよ)」
と思いながらも、その後は、合宿で、もう、
「いくわよお~!」
と、奇声を発することはなかった。
ハンソデ先輩は正しい。合宿は、テニスをする場である。ハンソデ先輩は、『曲がったことが嫌いな男』なのだ。それは判る。
だが、エヴァンジェリスト氏にとって、ハンソデ先輩は、自身の修士論文『François MAURUAC』論的世界の中に於ける『義人』であった。
エヴァンジェリスト氏は、既成の価値観を嫌悪する。
「いくわよお~!」
は、既成の価値観を破壊する為の言葉であるのだ。
(続く)
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