「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、更にもっと後に、フランス人の典型と思っていた(フランス人だから、というのも変だが、屈託のない人だと思っていたが)、実は、父親は亡命ポーランド人であり、そこに屈託をお持ちでなくはないことを知り、テレビで見る通り、ただ癖のある日本語を喋る変なフランス人と思ってしまったことを(『曲がった』理解をしてしまったことを)恥じるようになることをまだ知らなかった。
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1982年の冬、エヴァンジェリスト氏は、1982年の冬、会社の同期の皆でスキーをしに来た草津で、リフトに乗った。
「(いいのか、貧乏人の小倅のボクが…..)」
スキーは、金持ちのするスポーツであった。スキーのリフトは、、テレビで放送していた映画『アルプスの若大将』で見たことがあるくらいで、まさか自分が乗ることになるとは夢にも思っていなかった。
「いいのか、ボクが…..」
スキー場の初心者コースのリフトは、ゆっくり登って行く。
「(ダッコちゃんやフラフープは買ってもらえた)」
流行りのおもちゃは買ってもらえたが、それは高価なものではなかった。
眼下の真っ白な世界に、エヴァンジェリスト氏は、過去の光景を見ていた。
「(レーシング・カーは、羨ましかった….)」
誕生日会のお呼ばれで行った小学生の同級生の子の家で、レーシング・カーで遊んだ。
「これ、お父さんに買ってもらったんだ」
誕生日の友だちは、自慢げに云った。
「(でも、これ高いんんだろうなあ)」
子ども心にそう思った。
「ウチのお父さん、給料ええんで」
誕生日の友だちは、小学生のエヴァンジェリスト氏の心を読んだかのように、いきなりそんなことを口にした。
エヴァンジェリスト君は、その日、帰宅して、父親に訊いた。
「おとーちゃん、給料なんぼなん?XXX君のお父さんは、XX万円なんじゃと」
しかし、チチ・エヴァンジェリストの回答を聞き、エヴァンジェリスト君は、
「ふううん」
としか云えなかった。
「(いいのか、貧乏人の小倅のボクが…..)」
その想いから逃れることができない。それが、貧乏人なのだ。
しかし、貧乏人であろうと、金持ちであろうと、リフトは、乗った者をスキー場の上まで運ぶ。
「じゃ、始めようか」
と、オン・ゾーシ氏に促され、リフトを降りたエヴァンジェリスト氏は、スキー靴を付けたスキー板で、パ…タ、パ…タと、初心者コースまで歩いて行った。
「(「信じられない……こんなもので、本当に滑ることができるのか?)」
ギブスを嵌めた両足で長過ぎるという表現を超える程に長過ぎる下駄、でも歯のない下駄を履いて雪道を歩くようなものであったのだ。
「スキーをね、『ハ』の字にして」
オン・ゾーシ氏に指示のまま、エヴァンジェリスト氏は、屁っ放り腰で、履いた両方のスキー板の前方を共に中に寄せた。
「そのまま、スーッと下に降りて」
屁っ放り腰のままエヴァンジェリスト氏は、なだらかな坂を『滑降』した。
「いいよ、その調子」
オン・ゾーシ氏が、声を掛ける。
「(んん?....いいか、いい調子か?)」
ほんの5m降ったところで止った。そして、エッサ、エッサと上にいるオン・ゾーシ氏のところまで戻る。
「今度は、もう少し下まで行ってみようか」
ス----------。エヴァンジェリスト氏は、順調に『滑降』する。
「いいね、いいね。エヴァさん、上手いよ」
オン・ゾーシ氏がおだてる。
「(んん?....いいか、そうか、上手いのか!)」
『曲がったことが嫌いな男』で、他人の言葉を『真っ直ぐに』受け止めるエヴァンジェリスト氏は、おだての言葉も、表向きの表現のまま理解した。
「エヴァさん、センスいいね」
(続く)
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