「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、友人のビエール・トンミー氏が、59歳で仕事を完全リタイアした後、母校のオープン・カレッジで西洋美術史の勉強を始めるようになったのは、実は、美人講師目当てという『歪んだ』関心からではあったが、受講中、股間は『真っ直ぐに』なることを、まだ知らなかった。
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「(自分が、こんなにスキーが上手いとは思っていなかった)」
エヴァンジェリスト氏をこんなに思い上がらせてしまったオン・ゾーシ氏の罪は重い。
会社の同期の皆でスキーをしに来た1982年の冬、草津のスキー場に着いた当初こそ、
「(いいのか、貧乏人の小倅のボクが…..)」
と、金持ちのするスポーツであるスキーをすることに躊躇を見せていたが、初心者コースで、スキーの基本であるボーゲンを教えてくれた同期のオン・ゾーシ氏に
「いいね、いいね。エヴァさん、上手いよ」
と、おだてにられ、いい気になってしまったのだ。
「(んん?....いいか、そうか、上手いのか!)」
「(若大将みたいだろうか?)」
「(んん?そう云えば、石原裕次郎もスキーが上手かったのではなかったかな?)」
「(どっちに見える?若大将か?裕次郎か?)」
エヴァンジェリスト氏は、分っていなかった。ボーゲンで、なだらかな初心者コースを屁っ放り腰で『滑降』する姿は、若大将でもなく、裕次郎でもなく、吉本新喜劇の舞台で、両手を前に突き出し、腰を大きく後ろに引いた、『キックの鬼』こと、『岡八郎』そのままの姿で『滑降』する姿で、決して『格好』いいものでないことに気付いていなかった。
しかし、エヴァンジェリスト氏は、『己を見る』ことをすっかり忘れてしまっていた。
「(映画関係者がいたらどうしよう?)」
「(入社したばかりだからなあ)」」
「(東宝がいいのか?石原プロがいいのか?)」
なだらかというよりもほぼ平地といったほうがいい草津のスキー場の初心者コースを屁っ放り腰のボーゲンで『滑降』しながら、エヴァンジェリスト氏は、映画スターとしての記者会見を妄想していた。
「貴方が、驚異の新人ですか?!デビュー作は、『アルプスの伝道師』ですか?」
「んーむ」
「貴方は、裕次郎が『嵐を呼ぶ男』でドラムを叩いたように、デビュー作を『霊を呼ぶ男』にして、劇中でサックスを吹くという噂もありますが、本当ですか?」
「んーむ」
と.....
「じゃ、午前中は、これくらいにしようか」
名コーチのオン・ゾーシ氏だ。
「皆はもうロッヂに行ってると思うから」
そう、もうお昼であった。
(続く)
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