「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、週に2-3日来る生後10ヶ月の孫娘が、来ると直ぐに、迷うことなく「うううー!」とおばあちゃん(マダム・エヴァンジェリスト)を呼ぶ姿を見て、「ああ、この娘も『真っ直ぐな』子なんだなあ」と思うようになることを、まだ知らなかった。
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「(いいのか、貧乏人の小倅のボクが…..)」
と思いながらも、エヴァンジェリスト氏は、1982年の冬、草津のスキー場で人生初のスキーに臨もうとしていた。
会社の同期の皆でスキーをしに来たのだ。金持ちのするスポーツであるスキーをしに。
初心者コースで、スキーも恋愛もベテランの金持ちである同期のオン・ゾーシ氏に手解きを受けることとなった。
エヴァンジェリスト氏は、恋人のニキ・ウエコさんと一緒にクルマで無札まで来ることを望んだオン・ゾーシ氏に頼まれ、恋人同士の2人と一緒に、オン・ゾーシ氏の運転するセダンで草津に来た。
しかし、途中に軽井沢で凍結した坂や道路に阻まれ、到着が遅れた。
先に草津に着いていた同期の中の初心者たちは、午前中、スキー教室で手解きを受けたようだが、もうスキー教室は終っていた為、エヴァンジェリスト氏は、オン・ゾーシ氏に、スキーの基本を教えてもらうこととなったのだ。
「スキーをね、『ハ』の字にして」
オン・ゾーシ氏に指示のまま、エヴァンジェリスト氏は、屁っ放り腰で、履いた両方のスキー板の前方を共に中に寄せた。
「そのまま、スーッと下に降りて」
屁っ放り腰のままエヴァンジェリスト氏は、なだらかな坂を『滑降』した。
「いいよ、その調子」
「(んん?....いいか、いい調子か?)」
ほんの5m降ったところで止った。そして、エッサ、エッサと上にいるオン・ゾーシ氏のところまで戻る。
「今度は、もう少し下まで行ってみようか」
ス----------。エヴァンジェリスト氏は、順調に『滑降』する。
「いいね、いいね。エヴァさん、上手いよ」
「(んん?....いいか、そうか、上手いのか!)」
「エヴァさん、センスいいね」
草津のスキー場の初心者コースをエヴァンジェリスト氏は、スキーを『ハ』の字にして幾度か『滑降』した。
そう、ボーゲンである。
「いいね、いいね。エヴァさん、上手いよ」
褒めて育てる。オン・ゾーシ氏は、いいコーチだ。
「(んんむ。上手いか。そうか、上手いんだな)」
自身の屁っ放り腰に気づかぬエヴァンジェリスト氏は、いい気になって来ていた。
「(若大将みたいだろうか?)」
『己を見る男』エヴァンジェリスト氏は、どこかに行ってしまっていた。
「(んん?そう云えば、石原裕次郎もスキーが上手かったのではなかったかな?)」
ボーゲンを何本かしていると、少しだが、周りを見る余裕が出て来た。
ピンクっぽいウエアや赤の混ざったウエアを着た女の子たちが、少なからずいた。
「(どっちに見える?若大将か?裕次郎か?)」
エヴァンジェリスト氏は、分っていなかった。ボーゲンで、なだらかな初心者コースを屁っ放り腰で『滑降』する姿は、若大将でもなく、裕次郎でもなく、吉本新喜劇のビッグ・スター『岡八郎』のようであったのだ。
舞台で、両手を前に突き出し、腰を大きく後ろに引いた、『キックの鬼』こと、『岡八郎』そのままの姿で『滑降』する姿は、決して『格好』いいものでないことに気付いていなかった。
(続く)
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