「君はまだ映画『沈黙』を観に行っていないのか、スコセッシ監督の?」
「ああ、まだな」
友人の問いに、エヴァンジェリスト氏の答はつれない。
「アレは君の専門分野ではないのか?」
「ああ、そうだな」
「君が、大学院まで行って研究したフランソワ・モーリアックは、遠藤周作に影響を与えた作家なのだろ?」
「諾」
エヴァンジェリスト氏の唯一の友人だけあって、ビエール・トンミー氏は、よく知っているようだ。
「君という人間は、遠藤周作により形成されている部分が大きいのではないか?」
「うむ」
「中学、高校とひたすら読んだ遠藤周作に強く魅かれ、その遠藤周作に影響を与えたノーベル賞作家にしてカトリック作家であるフランソワ・モーリアックを知ろうと、フランス文学を学ぶ為に大学は文学部を選んのであろう」
「いや、違う」
初めて、エヴァンジェリスト氏は反応らしい反応をした。
「では何故…」
「フランス文学には興味はなかった。興味があったのは、フランソワ・モーリアックだけだ」
「失礼、そうだったな。しかし、君は学部の4年ではフランソワ・モーリアックを究めきれず、修士課程に進んだのだ」
「いや、違…….いやいや、そうだ」
「ふん!誤魔化したな」
エヴァンジェリスト氏は顔を背けた。
「知ってるさ。〇〇子ちゃん、だろ?」
「ノー・コメントだ」
エヴァンジェリスト氏は年甲斐もなく顔を赤らめた。
「同級生だった〇〇子ちゃんが4年生になる年にフランスに留学し、1年休学したので、〇〇子ちゃんと離れがたかった君は大学院に進学し、〇〇子ちゃんの帰国を待つことにしたのであろう!」
「ノー・コメントだ、事務所を通してくれ」
「君はそういう奴なのだ。レンブラント的に、人の心の闇を描きながらもそこに光を、そう神を浮かび上がらせた遠藤周作やフランソワ・モーリアックの研究よりも〇〇子ちゃんの方が大事だったのだ」
「ノー・コメントだ、ノー・コメントだ、事務所を通してくれーえ!」
(続く)
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