2018年7月1日日曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その136]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

頭の中で、列の前にいた女性の言葉がリフレインしていた。

1982年の冬、エヴァンジェリスト氏は、こうして、会社の同期の皆でスキーをしに来ていた草津のスキー場のリフトに乗る列から1人離れて行きながら、一人、自身の心の中で言い訳をする。

「(ボクは、『曲がったことが嫌いな男』だ。だから、『ウエ』には行かないのだ)」

午前中、同期のオン・ゾーシ氏にスキーの基本を習い、

「いいね、いいね。エヴァさん、上手いよ」

とおだてられ、いい気になっていた。

しかし、午後になり、スキー場の『ウエ』まで行き、そこからスキーで降りてくることとなり、『ウエ』まで行くリフトの列に並んだ時、列の前にいた同期の女性が、

「エヴァさん、曲がれるよね?」

と訊いてきた。

エヴァンジェリスト氏は、『ウエ』を見た。

「(山だ!しかも、『曲がっている』ぞ!『曲がれない』とどうなるのだ?)

と、顔を歪め、類い稀な美貌を損ねたが、損なわれていない知性が想像した。

「(あのカーブしているところで『曲がらない』と、山から飛び出すではないか!)」

「エヴァさん、曲がれるよね?」

リフトに乗る列のすぐ前にいた女性が、訊いた。

「(ボクは、曲がったことが嫌いな男』なんだ。やっぱりスキーなんて、金持ちの道楽スポーツだ)」

列から離れて行きながら、言い訳をした。貧乏人としての矜持を取り戻してきていた。

「(金持ちなんて、『義人』だ)」

同期の連中だけではなく、眼の前のゲレンデで屈託なくスキーに興じる男女は皆、エヴァンジェリスト氏にとって、自身の修士論文『François MAURUAC』論的世界の中に於ける『義人』であった。

「(『義人』は、平気で『曲がる』のだろう)」

…….しかし、エヴァンジェリスト氏は、自身が詭弁を弄していることを知っていた。

ロッヂ前に立ち、リフトに乗る列に並ぶ会社の同期連中を見遣った。彼らはもう、別世界の人間であった。

「(どうするのだ……何をするのだ……..)」






「(ホテルに戻るか?)」

まだ午後になったばかりであった。

「(同期の連中は、どう思っているだろう…..)」

彼らは、自分が楽しむことに夢中で、誰もエヴァンジェリスト氏のことなんか気にしていない、ということに気付かない。

「(金持ちなんて、『義人』だ)」

とは思ったが、

「あああ、やっぱり貧乏人はねええ」

と思われたくはなかった。

「(貧乏人だが、ボクはスターだ。いや、スターになる人間なんだ)」



再び、加山雄三や石原裕次郎の顔が眼前に浮かんできた。

「(少しはスキーでもできないと、石原プロに迷惑をかけることになる)」

根拠不明な使命感がまた鎌首をもたげてきた。



(続く)



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