「エヴァさん、曲がれるよね?」
と、訊いてきた前日、リフト列の前にいた同期の女性に、エヴァンジェリスト氏は、
「ああ….」
と、気のない返事をした。
「じゃ、今日は『ウエ』に行こう?」
「いや、私はいいよ。仕事の疲れが残っているから、今日は温泉に入って過ごすよ」
しかし、エヴァンジェリスト氏は知っていた。
「(ボクは、知っている。確かに、ボクは『曲がれる』ようになった。だが、とても『ウエ』から降りて来るなんてことはできはしない)」
『ウエ』から降りて来ることが怖かった。
「(裕次郎さんは、分ってくれるはずだ。スターは、アクション系だけではないはずだ。こう申しては、裕次郎さんや渡さんに失礼かもしれないが….)」
エヴァンジェリスト氏は、石原プロ入りするという勝手な使命感を持っていたのだ。
「(美貌では、ボクの方が優っている。石原プロも、恋愛物も手掛けた方がいいかもしれない。裕次郎さんも、日活時代、石坂洋次郎モノに沢山、出演していた)」
「(しかし……….)」
スキーで『ウエ』から滑降する恐怖から逃れ、能天気となっていたエヴァンジェリスト氏の顔つきが神妙なものとなった。
「(裕次郎さんが、アクション系に拘るなら、申し訳ないが、ボクは石原プロに入ることはできない)」
「(ボクは、スポーツも苦手ではない。しかし、スキーは…..)」
その時、エヴァンジェリスト氏は知らなかったが、石原裕次郎自身は、アクション系に拘っていた訳ではなかったはずであったが、かくして、エヴァンジェリスト氏は、1982年、石原プロ入りしないことを決めたのであった。
そして、それから30数年後、再び、石原プロ救済という、妙な(勝手な)使命感を持つようになることも知らず、エヴァンジェリスト氏は、温泉に身を委ね、『自ら』を凝視めた。
「(ボクは、正直なところ、スキーが怖い、というよりも好きではないのだ)」
湯船に沈めた自らの股間に眼を遣りながら、エヴァンジェリスト氏は呟いたのであった。
「(スキーは、つまらない)」
『曲がれない』ことに恐怖を覚え、怖気付いた男が、大胆不敵である。
「(テニスの方がいい)」
何を云い出すのか?ラケットも持っていないのに、会社のテニス部に入った不届き者めが!
「(スキーウエアが気にいらん。スキーには、『スコート』も『剥き出しの太もも』もない!)」
スポーツを汚す発言だ。
「(スキーウエアでは、『ボク自身』は『真っ直ぐ』にならない)」
おっと、よりによって何を云い出すのか!?
「ボクは、『曲がったことが嫌いな男』だ。スキーに来て今、『ボク自身』はふにゃふにゃだ。『真っ直ぐ』になりたい!」
エヴァンジェリスト氏の声が、他に誰もいない大浴場に響いた。
これが、『曲がったことが嫌いな男』の正体であった。
(完)
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