2018年7月4日水曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その139]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、初めて、ゲレンデの『ウエ』(山だ!)から降りて来るには、『曲がる技術』が必要であることを知った。

「(『曲がれなかったら』、山から飛び出してしまう!)」

しかし、スキー初心者のエヴァンジェリスト氏にはまだ『曲がる技術』を会得していなかった。

1982年の冬、そこは、草津のスキー場であった。会社の同期の皆でスキーをしに来ていた。

「(違うんだ!怖くなんかないんだ!)」

と心の中で言い訳しながらも、エヴァンジェリスト氏は、リフトの列を離れ、初心コースに戻り、得意のボーゲンで、なだらかな斜面の『滑降』を繰り返した。

「(貧乏人だが、ボクはスターだ。いや、スターになる人間なんだ。少しはスキーでもできないと、石原プロに迷惑をかけることになる)」

根拠不明な使命感がまた鎌首をもたげてきたのだ。

「ま、あの方って素敵でなくって!」

というゲレンデの女性たちの視線を感じる。…….しかし、また、

「エヴァさん、曲がれるよね?」

リフト列の前にいた同期の女性の言葉がリフレインしてくる。

『曲がりたい』方にね、体をね…..」

エヴァンジェリスト氏の背中の方から声がした。どうやらベテランのスキーヤーが、初心者に『曲がり方』を教えているらしかった。

「(そうかあ…..)」

エヴァンジェリスト氏は、振り向かなかった。そんなこと教わらなくたって知ってるよ、という態度をとった。

「(そうかあ…..)」






エヴァンジェリスト氏は、小学生ソフトボール・チームでは、『ライ9』(ライトで9番バッター=つまり、打撃も守備も下手くそな選手)であったが、それは野球理論を知らなかったからなのだ。

「(だから、会社の野球部では、外野守備でもバンザイをすることはなくなった)」

会社の野球部で、捕球の仕方を教わったのだ。

それまでは、なまじ脚が速かった為、フライが来ると、瞬く間に落下地点まで到着した。落下する球の真下まで来てしまっていた。落下して来る球を体の前で補給できるとこで止まることを知らなかったからバンザイすることになったのだ。


「(会社の野球部では、強打者、長距離砲になった)」

会社の野球部で、球をよく見ることを教わった。

小学生ソフトボール・チームでは、投手が投げた球をよく見ないといけないという考えがなかった。だから、殆どのスイングが空振であった。しかし、一旦、球をよく見るようになると、球はバットに当たるようになり、バネのある体をしているので、バットに当たった球は外野手を超えて飛んでいくようになった。

「(なるほどねえ)」

そうして今、スキーの『曲がり方』の理論を学んだ。誰か知らぬ人であったが、

『曲がりたい』方にね、体をね…..」

と、解説していた人に感謝した。

「(ほーら、できるようになった)」

エヴァンジェリスト氏は即、理論を実践に移したのだ。

「(こういうことだったんだ)」

なだらかな斜面を幾度もボーゲンで『滑降』し、時々、『曲がって』みせた。

「ま、あの方って素敵でなくって!」

というゲレンデの女性たちの視線をまた感じるようになった。

「(裕次郎さんも満足してくれるだろう)」


(続く)



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