「エヴァさん、曲がれるよね?」
と、訊いてきた前日、リフト列の前にいた同期の女性に、エヴァンジェリスト氏は気のない返事をした。
「ああ….」
「じゃ、今日は『ウエ』に行こう?」
「いや、私はいいよ。仕事の疲れが残っているから、今日は温泉に入って過ごすよ」
しかし、エヴァンジェリスト氏は知っていた。
「(ボクは、知っている。確かに、ボクは『曲がれる』ようになった。だが、とても『ウエ』から降りて来るなんてことはできはしない)」
エヴァンジェリスト氏は、『己を見る男』であった。
「(ああ、怖いのだ)」
『ウエ』から降りて来ることが怖かった。
「(裕次郎さんは、分ってくれるはずだ。スキーは、裕次郎さんのように上手くはないかもしれない。しかし、スターは、アクション系だけではないはずだ。こう申しては、裕次郎さんや渡さんに失礼かもしれないが….)」
エヴァンジェリスト氏は、石原プロ入りするという勝手な使命感を持っていたのだ。
「(美貌では、ボクの方が優っている。石原プロも、恋愛物も手掛けた方がいいかもしれない。裕次郎さんも、日活時代、石坂洋次郎モノに沢山、出演していた)」
エヴァンジェリスト氏は、『陽のあたる坂道』や『あいつと私』を思い出していた。
「(恋愛ものという訳ではないが、倉本聰さんの『わが青春のとき』なんかを映画化してもいい)」
「(しかし……….)」
スキーで『ウエ』から滑降する恐怖から逃れ、能天気となっていたエヴァンジェリスト氏の顔つきが神妙なものとなった。
「(裕次郎さんが、アクション系に拘るなら、申し訳ないが、ボクは石原プロに入ることはできない)」
全く申し訳ないなんてことはなかった。誰も、エヴァンジェリスト氏に石原プロ入りを依頼してはいないのだ。
それに、その時、エヴァンジェリスト氏は知らなかったが、石原裕次郎自身は、アクション系に拘っていた訳ではなかったはずなのだ。
「(ボクは、スポーツも苦手ではない。しかし、スキーは…..)」
裕次郎さんへの誤解はあったかもしれないが、かくして、エヴァンジェリスト氏は、1982年、石原プロ入りしないことを決めたのであった。
しかし、その頃はまだ、石原プロモーションは、エヴァンジェリスト氏が入社せずとも困ることはなかった。裕次郎さんが健在であったからだ。
それから30数年後、再び、石原プロ救済という、妙な(勝手な)使命感を持つようになることも知らず、エヴァンジェリスト氏は、温泉に身を委ね、『自ら』を凝視めた。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿