2018年7月5日木曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その140]




「エヴァさん、曲がれるよね?」

リフト列の前にいた同期の女性の言葉がリフレインしてくる。

「(『曲がれなかったら』、山から飛び出してしまう!)」

まだ『曲がる技術』を会得していなかったエヴァンジェリスト氏は、ゲレンデの『ウエ』(山だ!)に登るリフトの列から離れ、初心コースに戻り、得意のボーゲンで、なだらかな斜面を『滑降』した。

1982年の冬、そこは、草津のスキー場であった。会社の同期の皆でスキーをしに来ていた。

「(貧乏人だが、ボクはスターだ。いや、スターになる人間なんだ。少しはスキーでもできないと、石原プロに迷惑をかけることになる)」

根拠不明な使命感がまた鎌首をもたげてきたのだ。

「ま、あの方って素敵でなくって!」

というゲレンデの女性たちの視線を感じる。…….しかし、また、

「エヴァさん、曲がれるよね?」

リフト列の前にいた同期の女性の言葉がリフレインして来たが、エヴァンジェリスト氏の背中の方から声がした。

『曲がりたい』方にね、体をね…..」

どうやらベテランのスキーヤーが、初心者に『曲がり方』を教えているらしかった。

「(そうかあ…..ボクは、理論さえ分かればできるんだ)」

かくして、エヴァンジェリスト氏は、スキーの『曲がり方』の理論を学んだ。

「(ほーら、できるようになった)」

エヴァンジェリスト氏は即、理論を実践に移し、なだらかな斜面を幾度もボーゲンで『滑降』し、時々、『曲がって』みせた。

「ま、あの方って素敵でなくって!」

というゲレンデの女性たちの視線をまた感じるようになった。

「(裕次郎さんも満足してくれるだろう)」






翌日、朝食を終え、同期の皆は、その日も早々にゲレンデに向うことにした。

「エヴァさん、曲がれるようになった?」

前日、リフト列の前にいた同期の女性が訊いてきた。

「ああ….」

嘘ではなかった。

「じゃ、今日は『ウエ』に行こう?」
「いや、私はいいよ」
「曲がれるようになったんでしょ?」
「ああ」
「じゃ、『ウエ』に行こう?」
「うーむ、仕事の疲れが残っているから、今日は温泉に入って過ごすよ」

新入社員のエヴァンジェリスト氏に仕事の疲れが残っているとは、ちゃんちゃらおかしいが、同期の中でも年嵩のエヴァンジェリスト氏である。仕事の疲れが残っている雰囲気がなくはなかった。



こうして、エヴァンジェリスト氏は独りホテルに残った。

「(ボクは、知っている)」

そう、エヴァンジェリスト氏は知っていた。


(続く)




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