(【鹿男】カノジョと元カノとの間[前編]の続きである)
「鶏は三歩歩くと忘れる、というが、鹿が忘れるのは、一歩のようだ。それは、長崎でのことであった」
「人間鹿」ことアオニヨシ君とエヴァンジェリスト氏との間であった出来事を聞くことにした。
――――――――――
「君、カノジョいるのか?」
長崎空港から長崎市内行の空港リムジンバスが動き出すか出さないかのうちに、エヴァンジェリスト氏はいきなりアオニヨシ君に訊いた。
その年(2013年)の新入社員のアオニヨシ君との出張は今回が初めてであるのに、仕事の話もせず(今回の訪問先情報を教えるでもなく)、いきなり個人情報に係る質問をぶつけるのであった。
「長崎に、ワシはカノジョと来たことがある。まあ、カノジョというか、その時はもう女房になっていたがな。つまり、長崎は、ワシの新婚旅行の地なんだ。どうして、長崎を新婚旅行先に選んだかというと…..」
そうか、エヴァンジェリスト氏は、質問するようにみせかけ、自分のことを語りたかったのか……
「いますよ」
そんなエヴァンジェリスト氏のもくろみをぶちこわすように、アオニヨシ君が答えた。
「え?えっ、え?」
「いますよ。カノジョ」
「で、どうして、ワシが長崎を…..」
「聞いてますか?いますよ、カノジョ」
「あ、ああ、聞いてるとも。いるんだな、君にはカノジョが」
「ええ、いますよ。カノジョ」
「カノジョとはどうやって出会ったんだ?ワシが女房と出会ったのは…」
「ウチの近くのバーです」
「バー?」
「ウチの近くのバーに入り、カウンターの端に座ったんです」
「君は一人でバーに入るのか?」
「いけませんか?」
「いや、いけなくはないが」
「そして、ふと見ると、カウンターのもう一方の端に、奇麗な女性が独り、なんだか淋しげにソルティドッグを飲んでいたんです」
「そいつがカノジョだな」
「いえ、その時はまだカノジョではありません。それに、『そいつ』とは失礼ではないですか」
「いや、失敬」
「まあ、その後に、カノジョになるんですがね。その晩のうちに、ムフフ」
「おぬしもスケベじゃのお」
「僕は、バーテンダーに頼みました、『あちらの女性に、アプリコットフィズを』とね」
「おおお!そんな、そんなキザなことをしたのか、君が」
「キザですか?」
「キザもキザ、キザの極みだな。しかし、君には似合わん」
「エヴァンジェリストさんは、しないんですか?」
「しない…まあ、そうして君はその女性とお近づきになり、その晩のうちにコトに及んだ、ということなんだな」
「まあ、お察しの通りです」
「手が早いのお」
「ま、いいじゃないですかッ」
「この話、本当か?何だか嘘くさいなあ。居酒屋で飲んだくれて、酔いつぶれていた女を『連れ込んだ』だけのことではないのか?」
「本当の話ですよ」
「何だか胡散臭いなあ。『あちらの女性に、アプリコットフィズを』なんて、そんな映画の1シーンのようなことがあるのか」
「ま、いいじゃないですかッ」
「その『ま、いいじゃないですかッ』はやめろ。まるで、ヒトサシユビKではないか」
「ま、いいじゃないですかッ」
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そうして、二人は、いつの間にか浜町アーケードを抜け、中央橋を渡り、築町界隈へと歩を進めていた、と云う。
そこで、『事件』起きたのだ。
(続く)
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