2014年7月6日日曜日

【鹿男】カノジョと元カノとの間[後編]





長崎市は築町で、昼食を摂る為、二人は「和食旬彩いまじん」に入った。

エヴァンジェリスト氏も「人間鹿」ことアオニヨシ君も共に、天丼を頼んだ。


――――――――――


「まあ、要するに、居酒屋で飲んだくれて、酔いつぶれていた女を『連れ込んだ』ってことだな。それが君のカノジョってことだ」

食後のコーヒーを飲みながら、それまでアオニヨシ君にやられ放しであったエヴァンジェリスト氏が反撃に出た。

「違いますよ」
「じゃあ、『連れ込まれたのか』?」
「お下劣ですね。違いますよ。そんな女性ではありません」
「じゃ、どんな女性なんだね?」
「●●●●銀行に勤めてます」
「ほう、メガバンクか。メガバンクに勤めている女は、男を『連れ込む』ことはしない、って云うのか?」
「いえ、そうじゃありません。とにかくそんな女じゃないんです。嫉妬深くはあるんですが…..」
「ほ、ほーっ。君の魅力にメロメロなんだ、ムヒヒヒヒ」
「まあ、どうなんでしょうねえ?しつこいんですよ。長崎に着いてからも何回もメールしてくるんですよ」

確かに、「和食旬彩いまじん」に入るまで歩きながらも、また、「和食旬彩いまじん」の中でも、アオニヨシ君は常にiPhoneを触っていた。

「はああ!?そいつ、本当に●●●●銀行に勤めてるのか!?勤務時間中だろうが!
「勤務時間中にモト・ヤミシツチョーの部署に油を売りに行っているアナタに云われたくはないですね」
「ほ、ほーっ。カノジョを庇うのか」
「ま、いいじゃないですかッ」
「その『ま、いいじゃないですかッ』はやめろと云ったのが分らんのか。ヒトサシユビKを思い出させるな」
「ま、いいじゃないですかッ」


――――――――――


「和食旬彩いまじん」を出て歩きながら、エヴァンジェリスト氏は訊いた。その質問が、「事件」を呼んだのだ。

「で、結婚するのか、カノジョと?」
「いや、カノジョとは、それはないです」
「何故だ?」
「いやあ、参っちゃいますぉ」

また、iPhoneをいじりながら答えた。

「カノジョからメールか?」
「元カノです」
「なにいっ!元カノ」
「ええ。仕事中なのにメールしてくるんですよ」
「元カノって、どこに勤めてるんだ?」
「●●●●銀行です」
「ええーっ!元カノも●●●●銀行に勤めてるのか。君は、余程、●●●●銀行の女が好きなんだな」
「はあ?元カノって、カノジョですよ」
「なに?なに、なに、なに?云っている意味が分らん」
「今、メールしてきた元カノはカノジョです」
「君、大丈夫か?正気か?元カノがカノジョって、何を云っているのか、分っているか?」
「分ってますよ」
「じゃ、どういう意味だ?」
「もう別れたんです」
「別れた?」
「ええ、別れました」
「君は、たった今まで、カノジョのことを『カノジョ』と云っていたんだぞ」
「ええ」
「それが、一歩、たった一歩歩いただけで、そのカノジョのことを『元カノ』と呼ぶようになったんだぞ、分るか」
「分ります」
「これは、どういうことだ」
「そういうことです」
「その一歩の間に別れたのか?」
「まあ、そういうことにしておいて下さい」
「なんだ、その投げやりな言い方は!」
「ま、いいじゃないですかッ」
「その『ま、いいじゃないですかッ』はやめろと云ったのが分らんのか。ヒトサシユビKを思い出させるな(参照:【行方不明】「あっちゃんも一緒だったんですか?」(その1)
「ま、いいじゃないですかッ」


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「これで分っただろう。鶏は三歩歩くと忘れる、というが、鹿が忘れるのは一歩だ、ということが」

確かに、「で、結婚するのか、カノジョと?」という質問に対して「いや、カノジョとは、それはないです」と答えた舌の根も乾かぬうちに、「元カノです」と「カノジョ」の位置付けを変える発言をしたのだ。

「カノジョと元カノとの間」は、そう、一歩なのだ。

厳密に云うと、「いや、カノジョとは、それはないです」と「元カノです」との間には、一歩ではなく、三歩でもなく、四、五歩はあったであろうと思う。

しかし、エヴァンジェリスト氏の感覚では、それは「一歩」であり、そのことは分らぬではない。

エヴァンジェリスト氏は、結局、終始、アオニヨシ君に翻弄されたのだ。可哀想に……いや、ざまあみろだ。

いつもは他人を翻弄させてばかりのエヴァンジェリスト氏を翻弄する人間が(アオニヨシ君のことを純粋に「人間」としていいかどうか分らないが)、ヒトサシユビKの他にようやく現れたのだ。スタア誕生だ


(オシマイ)












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