いつも明るく元気な人がどうしたのか、エヴァンジェリスト氏は自分の娘を心配するように、俯いた彼女の顔を覗き込んだ。
「何かあるんです、きっと。きっと、何かが….」
マダム・ウヌボーレとは、長い付合いなのだ。エヴァンジェリスト氏は、彼女の夫(「うぬぼれ営業」氏)よりも彼女との付合いが長い。長いが、深くはない付合いだ。
「何もなしにしないわ、あんなこと」
泣いている訳ではなそうだ。
「急に伊豆に行こうって云ってきたのも、今からしたらおかしいのよ」
あくまで仕事上の付合いなのだが、長いことは長い。彼女に最初に会った時、彼女はまだ20歳であった。若かった。しかも、小柄な彼女は年齢よりももっと若く見えた。制服は着ていないが、女子高校生かと思える程であった。
マダム・ウヌボーレは、仕事上の付合いしかないとはいえ、エヴァンジェリスト氏にとって娘のような存在なのである。
マダム・ウヌボーレは、仕事上の付合いしかないとはいえ、エヴァンジェリスト氏にとって娘のような存在なのである。
「一緒に伊豆の温泉に入りながら、あの人ったら、英語で鼻歌を歌ってたの」
3月3日から「うぬぼれ営業」氏とマダム・ウヌボーレは、伊豆まで温泉旅行に行ったのだ。「うぬぼれ営業」氏のリフレッシュ休暇を使って。リフレッシュ休暇は、休暇がもらえるだけではなく、会社から5万円支給される。
「で、あの人ったら、伊豆から帰ったら、始めたの」
何を始めたのだ?
「勉強を始めたの」
勉強?ああ、「うぬぼれ営業」氏は勉強熱心で、猛勉強をして、既にファイナンシャル・プランナーの資格を取っている。
「伊豆に連れって行ってくれたのも、誤魔化す為なんだわ」
なんだ、なんだ?何の勉強を始めて、でも、それで何を誤魔化すのだ。
「アタシ、知ってるの。あの人、始めたのよ、英語の勉強を」
はあ?40歳を過ぎて英語の勉強?
「そう、変でしょ?今から英語の勉強を始めるって。今の仕事に英語は必要ないわ」
確かに今の仕事に英語が必要ないことに、「うぬぼれ営業」氏の同僚であるエヴァンジェリスト氏には同意する。
「隠れて勉強しているの。でも、頭隠してアソコ隠さずなの」
アソコなんて言葉が彼女の口から出ると、何やら夫婦のコトを想像してしまう。
「思わず、出ちゃうのよ」
えっ、えっ、えっ、な、な、何が出るのだ!?
エヴァンジェリスト氏は、友人(ビエール・トンミー氏)の病が感染ったのか、卑猥な発想しかできなくなっているようだ。
「アタシに、『Hi ! My honey ! 』って呼びかけてしまったの」
『Hi ! My honey ! 』だなんて、恥ずかしくて、とてもエヴァンジェリスト氏には口にできないセリフだ。
「あの人、昔、フィリピンパブ通いしていた『前科』があるの、結婚前だけど」
そうだ。「うぬぼれ営業」氏は、上司の命令で、交際費で上司とフィリピンパブ通いをしていたのだ。月に何百万円も使っていたとも噂される。
『命令だから仕方なくなんです』とは云うが、問い詰めると、『そりゃ、まあ、行ったからには自分も楽しみましたけど』と助平な顔で答えるのだ。
「フィリピンパブ通いの為かどうかは知らないけど、きっとまた、英語を使いたい場所に行くのだわ。英語で話したい相手がいるのよ!」
エヴァンジェリスト氏はようやくマダム・ウヌボーレの懸念を理解した。
「アナタ!アナタはどうして英語の勉強を始めたの?何、何をする為?アタシには云えないことなの?!」
エヴァンジェリスト氏には、マダム・ウヌボーレにかける言葉がなかった。
エヴァンジェリスト氏自身も「うぬぼれ営業」氏の行動にマダム・ウヌボーレと同じ疑惑を持つからだ。
答えよ、「うぬぼれ営業」氏。答えよ、疑惑に、「うぬぼれ営業」氏よ!
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