「(あの娘が触った本だ)」
ビエール・トンミー氏は、前日に購入した本『アーミッシュの老いと終焉』を、鼻に近付け嗅いだ後、今度は、表紙の是拍子に近い部分に、そっと自らの唇を付けた。
「(この辺に触ったはずだ)」
そして、続けて、その本に頬ずりをした。
「(あの娘は、『まあ、こんな高尚そうな本をお読みになるなんて、大学教授かしら?それとも評論家?』という眼でこっちを見てきたんだ。ふふ)」
と、軽く微笑んでから、本を裏返し、背表紙に眼を遣った。
「ふん、確認するまでもないことだ」
と、小さくだが、声に出して呟いた。
そうして、友人のエヴァンジェリスト氏に返信のiMessageを送った。
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「そうだ。ワテは、昨日も本を買った時に、ちゃんと消費税を払うたんや」
「おい、なんか、返信に間があったのお。昨日買ったその『エロ本』を見て、興奮でもしとったんか?『エロ本』にキスとか頬ずりとかしとったんじゃないんかいねえ?」
「な、な、何、云うねんな!アンタ、今更やが、アホちゃうか」
「おお、狼狽しとるのお。図星じゃったんじゃね」
「ちゃう、ちゃう。今時、誰が、『エロ本』買うんや!」
「ああ、確かにのお。アンタ、学生の頃は、夜中、下宿抜け出して、『ビニ本』の自動販売機で『熟女』モンなんかを買うて、部屋に持ち帰って、蠢いとったんじゃろうけど」
「アホ抜かすなて。ワテ、学生の頃からオゲレツやったアンタとはちゃうで」
「ああ、そうじゃったのお。アンタあ、昔から『若い娘』好きじゃってけえ、『熟女』モンなんかを買わん買ったじゃろう。『女子高生』モンか?」
「アホらし。『熟女』モンも『女子高生』モンも『ビニ本』か『エロ本』かしらんが、買うたことないわ」
「ほうかあ。まあ、そうよのお、今時は、『エロ本』じゃのうて、ネットでなんでも見れるけえ、アンタ、パソコンの画面に『チュー』でもしとったんかいね?」
「なんが『チュー』や!『チュー』も頬ずりもせえへん。匂いかて嗅げへんて」
「え?!」
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「(しまった!)」
ビエール・トンミー氏は、自らの『失策』に戸惑った。
「(濡れ衣だ!ボクは、『エロ本』なんか買ってないし、『エロ本』にもパソコン画面にも『興奮』なんかしてないのに!)」
と自らに云い聞かせる言葉は、嘘ではなかったが、嘘でもあることを自覚していた。
(続く)
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