「(どう誤魔化そうか…)」
ビエール・トンミー氏は、iPhone 14 Proを右手に持ったまま、画面を凝視していたが、眼には何も見えていなかった。
自分の犯した『失策』に、友人のエヴァンジェリスト氏が突っ込んでくることは明らかだった。
『エロ本』ではないが、前日に買った本『アーミッシュの老いと終焉』にキス、頬ずりをしたのは確かだった。その本を買った書店のお気に入りのレジの若い女性店員の手が触れたものだったからである。
「(でも、匂いを嗅いだなんて、余計なことを云ってしまった)」
エヴァンジェリスト氏は、『エロ本』にキスや頬ずりをしていたのではないのか、としか云ってきていなかったのだ。
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「アンタ、『エロ本』の匂い嗅いだんか?」
「ちゃう、ちゃう!『エロ本』の匂いなんか嗅ぐかいな」
「ということは、アンタが、『チュー』したり、頬ずりしたり、匂いを嗅いだんは、『エロ本』じゃのうて、他の本じゃったんじゃね」
「へ!?あ、いや、ホンマ、エエ加減にせえよ。屁理屈ばっかし云うてからに」
「はああん。さては、アンタが『興奮』しとったんは、『インモー』が描かれた『西洋美術』関係の本じゃの?」
「ちゃう、ちゃう。それは、ちゃう。あ、ちゃうけど、ちゃいへん。そうや、ワテが、昨日、あの本屋で買うたんは、『エロ本』やなけいど、『西洋美術』の本でもないんや」
「『あの本屋』?」
「ん?」
「『あの本屋』て、なんか意味深じゃのお」
「あんな、いちいち、他人の言葉に引っかかんやないで。ああ、あの本屋や。ああ、ワテがいつも行く本屋や。そこで、ワテが昨日、買うたんは、『アーミッシュの老いと終焉』ちゅう本なんや」
「『アーミッシュ』?」
「『アーミッシュ』ちゅうのは、ドイツ系(スイス系?)移民のアメリカ人キリスト教徒(カトリックでもプロテスタントでもない)のコミュニティや」
「ドイツ系、スイス系どっちなん?」
「はあ?どっちでもエエやろ」
「そうようにいい加減なんはようないで」
「あんな、アンタ、『前提』がどうのこうの云うとったのお」
「ああ、云うたで」
「ほな訊くが、『ドイツ』てなんや?『スイス』てなんや?」
「おお、なるほどのお」
「アンタ、『ドイツ』いうたら、今の『ドイツ』いう国のことと思うたじゃろうが、そういうことやないねん。『スイス』も同じや」
「そうは思うわんかったが、エエで、エエで、アンタ、なかなかエエで」
「『スイス』の東部は、昔のお、『東フランク王国』やったんや。今の『ドイツ』の元になった国やな」
「おお、『東フランク王国』かあ。なんか懐かしいのお。確か、世界史にあったのお」
「『ハイジ』の舞台になったちゅう『マインフェルト』村も『スイス』の東部にあるさかい、『ハイジ』もドイツ語を喋んねん。尤も、『スイスドイツ語』いう、なんか訛ったドイツ語らしいけどのお」
「ワシが、テレビで見た『ハイジ』は、日本語を喋っとったでえ」
「ああ、そうですか、そうですか。でやなあ、『東フランク王国』のん頃の『スイス』は、まあ、東部やけど、『スイス』なんか?『ドイツ』なんか?」
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「(ふふ。アイツに、アイツ流の『前提』崩しで切り返してやった。ざまあみろ!)」
落ち着きを取り戻したビエール・トンミー氏は、自分の部屋のベッドに、もう一度、身を横たえ、北叟笑んだ。
(続く)
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