「父さんは、がっかりだ…」
と云って、『少年』の父親は、両の肩を落とした。『牛田新町一丁目』のバス停を背にし、家族と共に、自宅へと向っていた。
「え…?」
と、『少年』は、母親に続けて、父親からも叱責を受け、大きく戸惑った。糞を転がす虫『フンコロガシ』を古代エジプト人が崇拝していたことに驚いたことで、父親から怒られていることは理解してはいたが、何故、そのことで怒られるのか、判らなかったのだ。『少年』は、さっきまで乗っていた『青バス』(広電バス)の中で父親に、NHKで放送されていた子ども向けの番組『ものしり博士』の『ケペル先生』の『ケペル』の名前の由来について、訊き、少年』の父親は、昔の2人の天文学者の名前、『ケプラー』と『コペルニクス』とを掛け合わせたのではなかったか、と答えていた。しかし、もう一つ、『ケペル』の名前の由来として、『スカラベ』を、つまり、『フンコロガシ』を挙げていた。
「糞尿を取り扱う人に対して、そんな見方をしていたのか!」
「でも…『フンコロガシ』って、虫だけど…」
「糞尿を処理してくれる人がいないと、ウチの便所は、ウンコで溢れてしまうんだぞ。今度の牛田の家の便所は、汲み取り式だからな」
「え?水洗じゃないの?」
前日まで住んでいた宇部市琴芝の家のトイレは、水洗であったのだ。しかし、日本の住宅の多くがまだ汲み取り式のトイレの時代であった。
「父さんは、人を差別したり、偏見を持ったりする子にビエールを育てた覚えはない!職業に貴賎はない!」
「え?『フンコロガシ』が、糞を転がすのって、職業だったの?」
「うっ…職業ではなく、糞を安全なところまで持って行って食べる為だ」
「『フンコロガシ』って、糞を転がすだけじゃなく、食べるんだね」
「それがいけないか!我々、人間だって、糞尿をかけられて育った野菜なんかを食べてきているではないか」
まだ、畑に肥溜めが残っている時代であった。
「それどころか、人間は、動物や植物を殺して食べて生きているんだぞ」
「うん、ごめんなさい。『フンコロガシ』にも謝る。でも、古代エジプトの人は、どうして『フンコロガシ』を崇拝していたの?」
と、『少年』は、改めて疑問を父親に投げた。
(続く)
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