「ビエールだって、『昨日』にも『明日』にも簡単に行けるようになる日が、その内、来るさ」
と、『少年』の肩を叩いた『少年』の父親の表情は、確信に満ちていた。『牛田新町一丁目』のバス停を背にし、家族と共に、自宅へと向っているところであった。
「今だって、『昨日』や『明日』に行けなくはないんだが、随分、お金がかかるからなあ」
「お金があれば、今も『昨日』に行けるの?」
「そうだ。但し、年に1回だけだけどな」
「どうして、年に1回だけなの」
「3年前にそう認められたからだよ」
「認められた?ええ?ええ、ええ、ええ?」
『少年』は、謎に謎を重ねる父親の言葉に、少し苛立ちを見せた。
八丁堀から牛田まで、随分、時間がかかったような気がする、と『少年』は疑問に思ったのであった。八丁堀から牛田まではバスで10分から15分くらいしかかからないのに、そんな時間ではとてもし切れない程のボリュームの話を父親から聞いたことを訝しく思い、その疑問に対し、『少年』の父親は、『アインシュタイン』の『相対性理論』を持ち出し、時間の進み方が遅かったのかもしれない、と答えた。しかし、『少年』はまだ納得できていないからか、『少年』の父親は、『閏年』があること、更には、『閏年』になるはずの年でも『閏年』にならない年もあることから、『1年』という時間は一定ではないと主張したものの、『少年』は、どこか誤魔化されている感を拭えないでいたが、『少年』の父親は、過去に、『昨日』にも行ける、と云い出してきていたのである。
「1964年4月1日以前は、と云っても、戦後でのことだが、観光目的のパスポートは認められていなかったんだ。今は、認められるようになっているが、年に1回だけだ」
「え?観光?パスポート?『昨日』に行くのに、パスポートがいるの?」
「こっそり行けば行けなくはないだろうけど、うん、密航だな。でも、それは薦められんな」
「『昨日』に密航?なんか、海外に行くみたいだね」
「そうだ。海外に行くんだ」
「へ?『昨日』に行く話じゃなかったの?」
「そうだよ。ふふ」
『少年』の父親は、含み笑いしたが….
(続く)
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