「ああ、『スカラベ』、つまり『フンコロガシ』が、古代エジプトの人たちには、太陽神のように見えたようなんだ」
と、『少年』の父親は、落ち着きを取り戻し、解説を始めた。『牛田新町一丁目』のバス停を背にし、家族と共に、自宅へと向っていルところであった。
「え、『太陽神』?太陽を神のように崇める、っていう?」
と、『少年』が、やや自信なさげに口を開いた。
「そうだ。『フンコロガシ』が、糞を丸めて転がしていく様を、古代エジプト人は、そうだなあ、運動会の玉転がしみたいにじゃないかと思うが、太陽を押していく、つまり、太陽を運行させる神『ケプリ』に見立てたようなんだ」
「ああ、そうなんだねえ。小さな虫が丸めた糞を押す姿が、太陽の運行に見えたなんて、昔のエジプトの人って、想像力が凄いね」
「勿論、本当のところは知らないんだが、逆かもしれないんだ」
「逆って?」
「『フンコロガシ』の幼虫は、糞の中でその内部を食べて育って、成虫になると出てくるらしいんだ。そこで、古代エジブトでは、『フンコロガシ』のことを、『出現する』という意味の『ケペレル』と呼んでいたらしいんだよ。『ケペレル』が、まあ、『ケペル』や『ケプリ』という発音というか云い方になったんじゃないかと思う」
「ああ、『ケペル先生』の『ケペル』だね」
『少年』は、さっきまで乗っていた『青バス』(広電バス)の中で父親に、NHKで放送されていた子ども向けの番組『ものしり博士』の『ケペル先生』の『ケペル』の名前の由来について、訊き、少年』の父親は、昔の2人の天文学者の名前、『ケプラー』と『コペルニクス』とを掛け合わせたのではなかったか、と答えていた。しかし、もう一つ、『ケペル』の名前の由来として、『スカラベ』を、つまり、『フンコロガシ』を挙げていたのである。
「そこでだ。そこから、逆に、『フンコロガシ』が糞を丸めて転がしていくように太陽を運行させる神のことを『ケプリ』と呼ぶようになったのかもしれない」
「そうなんだねえ。でも、『ケペル先生』の『ケペル』は、『フンコロガシ』じゃなくって、『ケプラー』と『コペルニクス』とを合せたものの方がいいなあ。ううん、『フンコロガシ』を馬鹿にしているんじゃないんだよ。『フンコロガシ』だって、神なんだしね。でも、父さんは、『ケペル先生』よりもっと色んなこと知っているから、玉転がしをする神様っていうより、『ケプラー』や『コペルニクス』みたいな学者のような感じが似合っていると思うんだ。ボクも父さんのような『ものしり』になりたいなあ」
「いや、『ものしり』なんかにならなくっていいんだ」
と、『少年』の父親は、『少年』に対してというよりは、己に対してのように、そう云った。
(続く)
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