「『浦島太郎』がおとぎ話とは、限らんぞ」
と、『少年』の父親は、『少年』が思いもしなかったことを云い出した。『牛田新町一丁目』のバス停を背にし、家族と共に、自宅へと向っているところであった。
「ええー?亀に乗って竜宮城に行った人がいるの?」
八丁堀から牛田まで、随分、時間がかかったような気がする、と『少年』は疑問に思ったのであった。八丁堀から牛田まではバスで10分から15分くらいしかかからないのに、そんな時間ではとてもし切れない程のボリュームの話を父親から聞いたことを訝しく思い、『少年』の父親は、時間の進み方が遅かったのかもしれない、という、『少年』が思いもしなかったことを云い出し、更には、『浦島太郎』まで持ち出してきたのだ。
「いや、問題は、そこじゃない」
「じゃあ、あっという間にお爺さんになった人がいるの?」
「そうではないが、そのことに関係はあるんだ。『アインシュタイン』って、知っているか?」
「うん、偉い物理学者でしょ。ベロを出してるお爺さんな写真を見たことがあるよ。え!?まさか、『アインシュタイン』が『浦島太郎』だったんじゃないでしょ?」
「そうじゃないな。『アインシュタイン』は、ドイツ人で、『浦島太郎』は日本人だから、ということではないぞ、ふふ」
「でも、『小泉八雲』は日本人だけど、『ラフカディオ・ハーン』っていう外国人だったんでしょ?イギリスの人だったかなあ?」
「おお、そうきたか。いいぞ。『小泉八雲』を知っていたか」
「うん、『耳なし芳一』なんかの話を読んだことがある。怖い話だった」
「でもなあ、『ラフカディオ・ハーン』が何人(なにじん)かは、うーむ、難しいところだな。生まれは、ギリシャだったそうだが、お父さんはアイルランドの人で、お母さんはギリシャの人で、でも、彼はイギリス人だったんだ」
「ええ?アイルランド人でも、ギリシャ人でもなく、イギリス人だったの?ああ、でもそうだね。国とか国名、そしてどこの国の人かということを云うのは、簡単じゃあないんだよね」
「そうだ。当時、アイルランドはまだ独立していなくて、イギリスだったんだ。今でも、北アイルランドは、イギリスだ。それにな、『ラフカディオ・ハーン』が生れたのは、ギリシャの『レフカダ』という島なんだが、これも当時は、イギリスの保護領、つまり、イギリスの、まあ、植民地だったんだ。『ラフカディオ・ハーン』は、正式には、『パトリック・ラフカディオ・ハーン』という名前で、ミドル・ネームの『ラフカディオ』は、生れた『レフカダ』から付けられた名前だそうだ」
「『ラフカディオ』…『レフカダ』…ん、似たような言葉だね」
「というようなことから、『ラフカディオ・ハーン』の国籍はイギリスで、その意味で、『ラフカディオ・ハーン』は、イギリス人だったんだ」
「でも、何人(なにじん)って、国籍のことを云うだけとは限らないものね」
「そうだ。『アインシュタイン』は、国籍はドイツだからドイツ人だけど、ユダヤ人なんだ」
「だけど、日本人ではなかったんでしょ?なのに、『アインシュタイン』は、『浦島太郎』とどんな関係があるの?」
と、『少年』は、またもや派生に派生を重ねていきかけていた父親との会話を、少し巻き戻した。
(続く)
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