「え?だって、色んなことを知っていた方がいいと思うんだけどなあ。父さんみたいに」
と、『少年』は、不思議そうに父親の顔に視線を向けた。『牛田新町一丁目』のバス停を背にし、家族と共に、自宅へと向っているところであった。
「色んなことを知っていて、それが何になるんだ?」
という『少年』の父親の言葉は、自分に向けてのもののようでもあった。
「色んなことを知っていると、色んなことをする時に役に立つんじゃないの?」
「であれば、何かをする時に、それをするのに必要なことを知ればいいんだ。今は、いろいろな知識を得るのに、色々な本なんかを読んだり、学校で習ったりして、覚えなくちゃいけないが、いずれ、科学技術が進歩して、知識や情報なんて、必要な時にその場で直ぐに得られるような時代が来るんじゃないかと思う」
『少年』の父親は、それから(1967年であった)30-40年後に、簡単に『ググる」ことをができる時代が来ることを予見していたかのようであった。
「それにだ、問題は、何を知るか、知ろうとするか、だと思う。いや、問題は、それだけじゃないな。何かを知ったとして、果して、それだけでいいのか?ただ、何かを知っているだけではダメなんだ。色々なことを知っているだけではダメなんだ」
「何かを知って、それをどう活かすかが大事なのかな…」
と、『少年』は、父親の言葉を理解しきれなかったが、自分なりに考えたことを口にした。しかし、『少年』の父親は、『少年』のその言葉が聞こえなかったのか、或いは、聞こえはしていたかもしれなかったが、何れにしても、『少年』の言葉に直接的に答えるのではなく、独り言のように話を続けた。
「大事なことは、疑問を持つことだ。得た知識に満足してはダメだ。その知識を鵜呑みにしたり、その知識の背景に考えを及ぼさないでいるとしたら、そんな知識は不要、いや邪魔なものでさえあるんだ」
『少年』の父親は、広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で自戒を込めたように云ったのと同じような言葉を、同じように自戒を込めたかのように口にした。
「え!?知識が邪魔になることってあるの?」
「そうだ。総てを疑え!いや、相手のことを信用するな、ということではないんだ。与えられた、得られた事実や現象を歪めて見ろ、ということでもないんだ。眼の前のものをそれが、本当に自分が見えている通りのものなのか、見ているだけのものなのか、と疑問を持つことだ。そう見えているのは、何故なのか?それがそうあるのは何故なのか、と疑問を持つことが大事だ…父さんは、そう思う」
と、『少年』の父親は、ようやく独白のような言葉の放出を止めた。その時、『少年』が、暗がりの中で輝く快活さを見せ、云った。
「そうかあ!疑問を持つことが大事なんだね!だから、父さんは、『福屋』で、『お子様ランチ』から『福屋』のマークのこと、ハンバーグのことからドイツの『俘虜』の話をしたり、更に、その漢字の成り立ちについて教えてくれたり、『天満屋』のことを教えてくれながら、『シーボルト』や『結婚』のことや『ナポレオン』、『コマ』のこと、『狛犬』のこと、『麒麟』のこと、『二宮敬作』や『高野長英』、それに、『イネ』のことなんかを教えてくれたのも、次々と疑問が湧いてくるものだからだったんだね。ただ、話が長かったんじゃないんだね!」
「おいおい、父さんの話が長い、と思ってたのか?」
と云いながらも、『少年』の父親の両方の頬が緩んだ。
「うん、そこなんだよ!」
と、『少年』は、歩を止めて、父親の顔を覗き込んだ。
(続く)
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