「学級委員の選挙みたいにすればいいのに」
と、広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で、ハンバーグ定食を前にした『少年』が、突拍子もないことを提案した。先に行われた(1967年1月に行わられた)第31回総選挙の話題から、現状の政治制度、選挙制度について(1967年当時の制度のことでもあるし、2021年の『今』でも、その制度に基本的には変化はないが)、議員になった方がいい立派な人が立候補できない選挙なんておかしい、と『少年』は、父親に詰め寄っていたのだ。
「え!?」
と、息子の思わぬ提案に、『少年』の父親は、右手に持った箸からカキフライを皿の上に落とした。
「学級委員は、普通、立候補してなるんじゃなくて、クラスの中で生徒一人一人が、学級委員に相応しいと思う人を投票用紙に書いて決めるんだから、国会議員もそうすればいいんじゃないの?」
「ああ、そうできれば、本当はそれがいいんだろうな。でも、学校のクラスって、せいぜい生徒40-50人だけど、国会議員の選挙区となるともっとずっと人が多いからなあ」
と、『少年』の父親が、箸をカキフライの乗る皿に置き、腕組みすると、『少年』の母親が、『少年』に声を掛けた。
「ビエ君、お父さんをあんまり困らせないで。ハンバーグが冷たくなっちゃうわよ」
「いや、いいんだよ、お母さん。疑問に思うことはいいことなんだ。とってもいいことなんだ。世の中にあるものを、既にそこにあるものについて、それを当り前のことと思うのではなく、それについて疑問を持つことが大事なんだ。大事なのは、知識ではなく、疑問を抱く力なんだ」
それは、『少年』の博識な父親が、自戒を込めた言葉とも聞けた。『少年』の父親の側に、『少年』の父親を見る『少年』の父親自身がいたならば、そう聞いたかもしれない。
「パパ、ハンバーグも日本製の洋食なの?」
と、お子様ランチをほぼ食べ終えた『少年』の妹が、再び、口を開いた。
「そうだなあ….今は、日本製の洋食といってもいいかもしれないなあ。箸で食べたり、味噌汁がついたりすることもあるからね。でも、元々は、ドイツの料理なんだ」
「え?アメリカじゃなくて、ドイツなの?」
『少年』の妹は、透き通った眼で父親を凝視めた。洋物といえばアメリカ製という時代であったのだ。
その『少年』の妹の声を聞いた近くのテーブルにいた女性の集団の一人が、しみじみと云った。
「あの子、可愛い声しちょってじゃねえ」
「声だけじゃのうて、顔も可愛いけえ、映画かテレビの子役でもしとるんじゃないんかねえ」
別の女性が、想像を更に展開させた。
「『チャコちゃん』みたいなん?」
『チャコちゃん』は、当時(1960年代である)、人気のあったテレビ・ドラマ『チャコちゃん』シリーズの主役の子どもの名前である。四方晴美が演じていた。
「いや、あの子、『チャコちゃん』よりもずっと可愛いいよね」
「んや、可愛いいうよりも、子どもじゃけど、美人いう感じよね。なんか山本富士子を子どもにした感じじゃねえ」
「そおよねえ。『パパ』さんも、『チャコちゃん』のお父さんよりずっと美男子じゃしねえ」
『チャコちゃん』のお父さんを演じ、『チャコちゃん』を演じた四方晴美の実際の父親でもあった安井昌二も十分にハンサムであったが、『少年』の父親には敵わなかったようである。
(続く)
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