「浮くの『浮』の『つくり』って、『俘虜』の『俘』のつくりの『孚』という漢字に似てない?」
と、広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で『少年』は、父親に訊いた。ドイツ人俘虜であったカール・ユーハイムが、今の『原爆ドーム』である『広島県物産陳列館』で、1919年に日本で初めてバウムクーヘンを作ったという父親の説明から、『俘虜』という言葉、漢字に関する話題が展開していたのである。
「ああ、似ている。というか、本来は、同じなんだ」
『少年』の父親は、『少年』がどんな疑問にも答える。
「『浮』という漢字は、『常用漢字』だが、『俘』は『常用漢字』じゃないんだ。『浮』のつくりの部分も、元は『孚』なんだが、『常用漢字』となった新字体では今の書き方になったんだそうだ。でも、『俘』は『常用漢字』じゃないから、旧字体のままになっているらしい」
「じゃあ、『浮』っていう漢字は、偏が『さんずい』だから、水の中にいる子どもを親がつかむ、助ける、という感じで、『浮く』という意味になったの?」
「おお、そうだ。実際、そういうことだともされているらしいぞ」
「え?『そういうことだとも』って?」
『少年』は、言葉尻も逃さない。
「他の解釈もあるということだ。『孚』は、さっきも云ったように、親鳥が雛鳥を庇護する、覆う、というイメージの文字だから、『さんずい』つまり、『水』だな、それに関連させて、水上にあるものに上から覆いかぶせる、という意味を持ったものという解釈もあるようなんだ。だから、『浮』は、川に浮かぶ死体を漢字にしたという人もいるらしいんだ」
「漢字の生い立ちって、深い意味があるんだねえ。じゃあ…」
『少年』がまだ、父親を凝視め、質問を続けていた時、『少年』とその父親の会話を聞き齧った周囲の他のテーブルの家族たちが、囁き合った。
「ええ!?今、『パパ』さん、死体、云うとってじゃった?」
「うん、なんか、そう聞こえたのお」
「『パパ』さん、刑事なんじゃろうか?」
「『特別機動捜査隊』じゃろうか?」
「うんや、刑事にしては格好エエけえ、『ザ・ガードマン』かもしれんで」
家族たちは、当時(1960年代である)、ヒットしていたテレビ・ドラマの名前を出し合った。
(続く)
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