「で、中の『三』みたいなのは?」
『少年』は、妹がお子様ランチのプレートの端に置いた旗を指しながら、父親に訊いた。広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で、『少年』とその父親が、お子様ランチに付いていた旗について話していた。
「あれは、広島市の市章、市のマークだと思うよ」
という父親の説明は、『少年』に意外の感を持たせるものである一方、矛盾するようではあるが、同時に、納得感をもたらすものでもあった。
「ああ、広島の百貨店だからなんだね。でもお…」
「じゃあ、今度は、広島市の市章は、どうして『三』みたいなのか、ってことだろ?」
どこまでも聡明な父親は、息子の思いを先取りする。
「広島市の市章の波打った『三』みたいなものは、2つ由来があるらしいんだ。一つは、『三つ引』だ」
「『みつひき』?」
「ああ、『三つ引』というのはな、家紋なんかに使われているんだ。丸の中に三本の線を引いたりしている家紋があるんだけど、広島市の市章のものは、藝州藩の、ああ、藝州藩とは広島藩のことだ。広島は『安芸(藝)の国』だから、その『芸(藝)』から『藝州藩』ともいうんだけど、その藝州藩の家紋ではなく、旗印だったようだ。藝州藩に出入りする商人なんかが、三本の線と『御用』という文字を書いた旗を使っていたらしい」
「『三つ引』ってどんな意味があるの?」
「うん、そこはよく分らんなあ。シンプルだし、力強い感じがるからじゃないか、という人もいるように聞いたことはあるけどな」
「『三つ引』以外にも、謂れがあるの、広島市の市章って?」
「もう一つの謂れはな、『川』だ。広島は、川が多くて、水の都と云われているんだ。そこで、『三つ引』の線を波打たせて、その『川』をイメージさせたと聞いたぞ」
「『三』って、『川』という感じを横にしたみたいだしね」「そうだなあ、その通りだ」
と、父親は、隣に座る息子の肩を抱いた。『パパはなんでも知っている』の『パパ』が、長男バドを愛おしむようなその姿を見ながら、カキフライ定食を持ってきたウエイトレスが大きく息を吸い、一瞬、恍惚の表情で両眼を閉じたものの、直ぐに我に帰り、厨房入口まで戻ると同僚たちに、再び、得たばかりの知識を披露した。
「ウチの(福屋の)マークの中にあるんは、広島市のマークなんよ。『パパ』さんが、そう云うとってじゃった
「広島市にマークなんかあったかいね?」
「三本の線よね。『三つ引』いうんじゃと」
「『みつひき』?『ももひき』じゃあないんね?」
「何、云うとるん。『ももひき』は、脚が2本よお。3本じゃないけえ」
「そうよねえ、あの『パパ』さん、『ももひき』なんか履いとってじゃないじゃろうねえ。ウチのお父ちゃんとは違うけえ」
「ほおよねえ。『ももひき』なんかじゃのうて、『パパ』さんの頭、凄いエエ匂いがしたんよ」
「ポマードなん?」
「ポマードは、臭いじゃないねえ。じゃけえ、ウチ、お父ちゃんには近づかんもん」
「じゃあ、『バイタリス』じゃないん!?」
と、ウエイトレスの一人が、当時(1960年代である)、ポマードに代って人気となっていた整髪料の名前を出した。
(続く)
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