「母さんが食べているようなオムライスの元祖は、確かに、『北極星』が元祖かもしれないけどなあ」
と、『少年』の父親は、オムライスの元祖は、東京の『煉瓦亭』という洋食屋ではなく、大阪の『北極星』という洋食屋ではないのか、と問う息子への回答に、やや勿体をつけた。『少年』とその父親とは、家族で来た広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で、オムライス談義をしていた。
「『煉瓦亭』のオムライスも、多分、『オムレツ』と『ライス』とを合せたものなんだろうから、立派なオムライスの元祖かもしれないぞ。『煉瓦亭』のオムライスの方が、『北極星』のオムライスより先にできたとも聞いたしな。父さんが頼んだこのカキフライだって、『煉瓦亭』が考えたらしい。ただ、『煉瓦亭』のオムライスは、『ライスオムレツ』という名前だったと聞いたなあ」
「ということは、問題は、『オムライス』が何か、ってことだね」
「そうだ。何事も、先ず言葉の定義をしないといけないものだ。言葉を定義せずに議論するから、議論が噛み合わなくなったり、誤解を招いたりしてしまうんだ。だから、言葉っていうものは、定義が大事なんだ。そのことを忘れんじゃないぞ」
「言葉の定義のことじゃないかもしれないけど、洋食屋さんが、『煉瓦亭』とか『北極星』って、どうしてそんな名前にしたんだろう?」
『少年』は、オムライスから派生して、新たな疑問を抱いた。
「『煉瓦亭』はな、『煉瓦街』、つまり、煉瓦の街から名前をつけたらしい。明治時代に銀座で火災があって、政府が煉瓦で造った街を作ったんだそうだ。まあ、明治時代といっても、明治5年、6年の頃と聞いたから、江戸時代が終ってすぐだな。「煉瓦亭』は、その『煉瓦街』で創業したから『煉瓦亭』としたらしいんだ。『煉瓦街』ができて、20年くらい経ってからだそうだ」
「へええ、『煉瓦亭』って、そんな昔からあるんだねえ」
「『北極星』ができたのは、『煉瓦亭』よりかなり後だけど、大正時代にできたそうだから、これも古い店だな。でも、最初は、『パンヤの食堂』っていうような名前の店だったと聞いたな」
「え?パン屋さんだったの?」
「パン屋と食堂の両方をしていたから『パンヤの食堂』というそのものの名前だったが、昭和になってから、永井という国会議員の先生が、『北極星』という名前をつけてくれたんだそうだ」
「でも、どうして『北極星』なの?」
「『北極星』のように、生きていく上での道しるべになるように、ということだそうだ。店が持つべき志を込めたんだろうな。仕事をするには、志というものがないと駄目なんだ。それに、その永井という国会議員の先生は、敬虔なキリスト教徒だったらしいから、そのことも関係しているかもしれんな」
と、『少年』の父親が、今の(2021年の)ようにインターネット環境があっても調べることが困難ではないかと思われるようなことを解説しているところに、それまでとはまた別のウエイトレスが、『少年』が注文したハンバーグ定食を持って来た。
「有難うございます」
『少年』が、ウエイトレスを見上げるようにして、そうお礼を云った。
「へ!?」
ウエイトレスは、思わず、間抜けともいえる声を発した。
(続く)
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