2021年11月7日日曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その40]

 


衆議院議員って、25歳以上で立候補できるんでしょ?お父さんは、25歳以上じゃないの」


『少年』は、ファイティング原田のパンチのような続けざまの質問のパンチを父親に浴びせ続ける。広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で、テーブルに置かれたハンバーグ定食を食べる箸を止めたままでいる。


「ああ、25歳で立候補の資格はあるから、その点では、父さんにも立候補の資格はあるのは確かだ」


自らの息子が頭脳明晰であることを知っている父親は、その程度の質問では動じることなく、答えたが、


「じゃあ、供託金の問題?」


という『少年』の次の質問には、


「(この子は、供託金のことも知っているのか!?)」


と、眼を見開かずにはいられなかった。しかし、


「衆議院議員の場合は、供託金は、15万円だ。確かに、大金だ」


と、語り出した。当時(1967年である)、衆議院議員選挙は、今(2021年である)のような『比例区』はなく、『選挙区』だけであり、その供託金は、『少年』の父親の解説通り、15万円であった。今からすると、大金ではないように思えるかもしれないが、今の衆議院議員選挙の『選挙区』の供託金が300万円であり、当時の物価から考えると、15万円の供託金は、やはり大金であったのだ。


「だが、供託金が問題ではないんだ。供託金は、当選したり、ある一定の票を得ることができれば、没収されることはないし、供託金のことだけなら、なんとかなるかもしれない。しかしだなあ、もし、父さんが選挙に立候補するとしたら、今の仕事を辞めないといけないんだ」

「え?そうなの?」

「絶対ではない、というか、そんな決りがある訳じゃないが、当選としたとしても、会社員をしながら議員をすることは現実的ではないし、当選するかどうか以前に、選挙活動をするには、会社員をしていられないから、会社を辞めるか、少なくとも、その間は、仕事を休まないといけない。で、当選しなかった場合、元の仕事に戻ることができるとは限らない。会社だって、そんな、継続して仕事をしてくれるかどうか分らない社員を雇っておきたくはないだろうからな」

「そんなものなの?」

「そんなものさ。なのに、父さんが衆議院議員に立候補して、落選したら、ウチの生活はどうなるんだ?『福屋』で、お子様ランチやオムライスやカキフライ定食、ハンバーグ定食を食べることなんか、できなくなるんだぞ。いや、家でご飯を食べることさえ難しくなるかもしれないんだぞっ」


と、『少年』の父親の口から飛んだ唾が、カキフライに飛んだ時、周囲の別のテーブルの家族たちが、囁きあった。『少年』とその家族の会話の一部を耳にしていたのだ。


「衆議院議員選挙じゃと」

「あのお父さん、政治評論家なんかねえ?」

「なんか、『キョータくん』とか云うとってじゃった?

「ええ?『キョータくん』?ああ、漫才の『東京太』(あずま・きょうた)のことなん?テレビで見たことあるよ

「『東京太』いうん、『東京ニ』(あずま・きょうじ)いうんと漫才しちょってんじゃろ」

「東京の漫才師じゃろ。大阪弁じゃなかったけえ。やっぱり、あのお父さんたち、東京から来ちゃってんじゃね

「『東京太』、選挙に出たんじゃった?」

「何、云うとるん。漫才師が、選挙に出たりせんじゃろうがあ」


漫才師の横山ノックが参議院議員選挙に立候補し、当選するのは、その翌年(1968年)のことであった。



(続く)




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