「『モンブラン』の『モン』って、フランス語で『山』のことで」
と、広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で『少年』は、父親が差し出した民ブランの万年筆を見ながら、『モンブラン』を解説する。『少年』の父親が、モンブランの万年筆も、元々は、ドイツ製と説明したことに違和感を覚えたのだ。
「『ブラン』って、フランス語で『白い』ってことでしょ?」
と、『モンブラン』を和訳してみせたものの、『少年』、つまり、若き日のビエール・トンミー氏は、自身が後年、『SNCF』(フランス国鉄)の大家と云われるようになるとは、その時、思いもしなかった。
「その通りだ。『モンブラン』は、謂わば、『白い山』ということだな。でも、言葉の意味としては、その通りだが、万年筆の『モンブラン』は、ヨーロッパのアルプスで一番高い山である『モンブラン』から来ているんだ」
という『少年』の父親にも、『少年』はまだ納得しない。
「アルプスの『モンブラン』も知っているけど、それもやっぱりフランス語でしょ?」
「そうだ。アルプスの『モンブラン』は、フランスとイタリアの国境にあるから、フランス側では『モンブラン』と呼ばれ、イタリア側では、『モンテ・ビアンコ』と呼ばれているんだ。意味は、そう、『白い山』だがね」
「どうして、『モンブラン』はフランス語なのに、そのモンブランの万年筆は、元々はドイツ製なの?」
「モンブランの万年筆が、最初に作られたのは、1906年のドイツなんだよ。たまたまだが、これも、ハンブルクと関係あるんだ。ハンブルクの文房具屋のクラウス・ヨハネスフォスという人と、やはりハンブルクの銀行家でアルフレッド・ネヘミアスという人、それに、ベルリンのエンジニアのアウグスト・エーベルシュタインという人が、万年筆を作り始めたんだそうだ。最初の会社名は、『シンプロ・フィラー・ペン・カンパニー』といっていたらしい」
と、『少年』の父親は、また、紙ナプキンにモンブランの万年筆で、『Simplo Filler Pen Company』と書いた。
「『シンプロ』というのは、『シンプル』、つまり、『単純』という言葉から来ていると思う。で、『フィラー』は、『詰めるもの』というような意味で、『カンパニー』は会社だから、まさにインクを詰めて簡単に書けるペン、ということだったと思う。でも、ペンの形が、山の『モンブラン』に似ていることから、会社名も『モンブラン』を入れたものに変えたんだそうだ。山の『モンブラン』は、ドイツでも『モンブラン』と呼ぶらしい」
「ああ、万年筆の『モンブラン』という名前は、アルプスの『モンブラン』から来ていて、その『モンブラン』は元々はフランス語だけど、ドイツ製なんだね」
「そうだ。だから、この万年筆は、『モンブラン』の印がついているんだよ」
と、『少年』の父親が、万年筆の『モンブラン』の解説を続けている時に、『少年』とその家族の水を取り替えに行っていたウエイトレス2人が、厨房の入口に戻って来て、他のウエイトレスたちに、『少年』とその家族への接近報告をしていた。
「『ジェームズ・ボンド』ねえ、フランス語も知っとってんよお!」
「ふぁああ、『パパ』さん、やっぱりエエ匂いじゃった」
「ウチ、『ジェームズ・ボンド』に、フランス語教えてもらいたいけえ」
「ええ?『ジェームズ・ボンド』ってイギリス人じゃないん?」
「『ジェームズ・ボンド』は、スパイじゃけえ、色んな国の言葉ができるんよ」
「『パパ』さんもフランス語知っとってみたいじゃったよ。それに、ドイツ語も知っとってじゃけえ、ウチは、『パパ』さんがエエわあ」
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿