「オムライスは、ウチが持っていくけえ」
お子様ランチ、そして、カキフライ定食を持って行ったのとは別のウエイトレスが、名乗りを上げた。『少年』とその家族が、ウエイトレスたちを含め、そこにいる人たちの耳目を引いていた広島の老舗デパート『福屋』の大食堂である。
「『パパ』さんの匂い、ようけえ嗅いできんさいや」
と云われたウエイトレスが、オムライスを運んで来た時、『少年』が、父親にまた質問をしていた。
「お子様ランチって、外国にはあるの?」
「うーん、それは知らないが、食堂に子ども向けのメニューはあっても、日本のお子様ランチみたいなものはないんじゃないかなあ。さっきも説明したように、日本のお子様ランチは、三越で考えたものだし、ケチャップで味付けしてはいるけど、ご飯をこんなに付けているのは、お米を主食としていないアメリカやヨーロッパではあり得ないと思うぞ」
「じゃあ、オムライスもアメリカやヨーロッパにはないの?」
と、『少年』は、母親の前に置かれたオムライスを見ながら、次の質問をした。
「ああ、オムライスも日本の発明だよ。一応、洋食だろうけど、日本製の洋食だ」
「日本製の洋食?」
「そもそも、オムライスって言葉が、造語だからな」
「『ゾウゴ』?」
「ああ、『オムレツ』と『ライス』を引っ付けた和製英語だな。『オムレツ』は、正しくは、『オムレット』(omlette)だけどな」
「確かに、『ライス』を『オムレツ』で包んでいるものね」
「だから、オムライスは、海外からはいいてきたものではなくて、確か、大阪の『北極星』という洋食屋か、東京の『煉瓦亭』という洋食屋が始めたんじゃないか、と聞いたことがある」
「どっちが本当なの?」
「うーん、それははっきり知らないけど、『北極星』の方が、今、母さんが食べているオムレツみたいなもので、『煉瓦亭』の方は、見た目は同じようだけど、ご飯を卵で包んでるんじゃなく、卵とご飯を混ぜてあるものだと聞いたなあ」
「じゃあ、オムライスの元祖は、『北極星』だね」
「うーむ….」
と、腕組みをして唸る『少年』の父親の頭の上を、自らの鼻を掠めるようにしたウエイトレスが、厨房入口の方に帰って行った。
「あ~あ….」
「どうじゃった?エエ匂いしたじゃろ、『パパ』さん?」
「したよねえ!ウチ、クラクラしたけえ」
「『バイタリス』使うとってんかねえ?」
「分らんけど、なんか、難しい話しよってじゃった。『ハムレット』とか」
「ええ!『ハムレット』?!『生きるべきか死ぬべきか』いう奴?」
「いや、そうように深刻な感じじゃなかったよ」
「やっぱり大学の先生じゃろう。文学部の先生じゃろう」
「東大の文学部なん?」
「ウチ、違う思うよ。エエ匂いしとるし、着ちょってんのも、品があるし、センスもええけえ、慶應じゃあないんかねえ」
「ええ、慶應ボーイなん!?」
「あ、ジェームズ・ボンドのハンバーグ定食できたけえ、今度は、ウチに持って行かせてえや」
と、また別のウエイトレスが、ハンバーグ定食をお盆に乗せ、『少年』とその家族のテーブルに向った。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿