「本当に見られたん?!」
広島の老舗デパート『福屋』の大食堂の厨房の入り口に控えていたウエイトレスが、『少年』にハンバーグ定食を持って行ったウエイトレスに妬みのこもった質問をした。『少年』にハンバーグ定食を持って行ったウエイトレスが、ジェームズ・ボンドにも似たその『少年』に見られたことで興奮の極みに達していることを羨んだのだ。
「そうよねえ。ウチのこと見て、『有難うございます』云うてくれたんよ!」
顔を覆っていた両手を外したウエイトレスが、現した顔を輝かせた。
「それで、ウチい…」
「どしたん?」
「ええ~…」
「どしたんねえ?」
「云えんよおね。云わしんさんなやあ!」
『少年』に見られた方のウエイトレスは、見られたその時に生じた自身の体のある部分の『異常』を口にすることはできなかった。乙女の恥じらいであった。
……と、ウエイトレスたちが、抑えながらも嬌声を上げていた時、
「でも、自民党は、本当に『勝った』かどうかは別として、どうして、『黒い霧』があったのに『勝った』の?」
『少年』は、その年(1967年である)の1月に行われた第31回総選挙に関する父親の結果解説にまだ満足していなかった。
「うーん、どうしてかなあ。まあ、そうだなあ。野党が頼りなかったんだろうなあ。だから、国民は自民党に票を入れたんだろう」
「野党って、社会党?」
「ああ、そうだ」
「国民って、頼りない人より悪い人を選ぶの?」
「いや、国民みんなが、そうではないんだろうが、そんな国民もいたからなんだろうなあ」
「ボクは、お父さんが、国会議員に立候補すればいいと思う。そうしたら、国民も選択に困らないと思う。お父さんが、総理大臣になればいいと思う」
「ははははは!そう云ってくれるのは嬉しいが、それはないなあ」
「どうして?」
「父さんは、立候補しないよ」
「日本がダメになってもいいの?」
「そんなことはないさ。でも、立候補って、そんなに簡単にはできないのさ」
『少年』の父親は、最初は、笑って済ませようとしていた息子の質問への回答に、真剣に向き合おうとした。
(続く)
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