2021年11月5日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その38]



(この子は、『黒い霧』も分っていたのか!)」


広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で、『少年』の父親は、自分の息子に、若干ながら怯えも混じった視線を向けた。議員のことを『先生』と呼ぶのは何故か、と話していたところ、その前年(1966年である)に起きた自民党政治家の不正、犯罪事件の数々である『黒い霧事件』のことを、『少年』が口にしてきたのだ。『少年』は、まだこれから中学に入学しようとしている子どもであった。


「自民党って、汚い政党なんでしょ?」


未だ穢れを知らぬ『少年』の言葉は、ストレートであった。


「そこまで云っていいかどうかは分らないけど、自民党には、悪いことをする人もいることは確かだ」

「でも、そんな汚い政党が、どうして選挙で勝ったの?

「うっ…」


『少年』の聡明な父親も、『少年』の聡明を超えた知性の光を放つ言葉に、眩しさに眼を閉じるのと同じ様に、口を閉じざるを得なかった。


「だって、佐藤首相は、議席は減ったけど、『勝った』と云ったんでしょ?何故、議席が減ったのに、『勝った』ことになるのか、よく分らないけど」


『少年』は、当時(1967年頃である)、抜群の人気があったボクサー『ファイティング原田』のラッシュ・パンチの様に、質問のパンチを父親に続けて浴びせてきた。




「『勝ち』、『負け』も言葉の定義の問題というか、基準をどこに置くかの問題なんだ。自民党は、確かに議席を減らしたけど、思ったよりは減らさずに済んだのさ。『黒い霧事件』があったから、自民党は大敗し、第一野党である社会党が大きく伸びるだろうと思われていたからな。でも、社会党は思った程に議席をとることはできず、自民党もそんなに議席を減らさなかったから、佐藤首相は、『勝った』と云ったんだ」


と、『少年』の父親は、その年(1967年である)の1月に行われた第31回総選挙の結果を解説した。『少年』の父親は、真に聡明であった。しかし、まさか、それから50年余り後の(2021年の)総選挙で同じ様な結果が出ることを予言することまではできなかった。しかし、


「ビエールに教えるのはまだ早過ぎることかもしれないが、『勝つ』か『負ける』か、『成功する』か『失敗する』か、その基準は、相手や他人に作らせてはいけないんだ。成功の基準は、自分で設定するのさ。それが、成功の秘訣なんだぞ


『少年』の聡明な父親は、更には、自分の息子に、ビジネス上での知恵まで授けた。その知恵は、後に、マーケティングの天才『ジョン・スカリー』(かつてのAppleのCEOである)が、『成功の為の自分自身のガイドラインを設定すること』の重要性を唱えたことに通じるものであった。


….その頃、厨房の入り口には、『少年』にハンバーグ定食を持って行ったウエイトレスが、倒れこむように戻って来ていた。


「ああ、ウチ、どうしょうかあ、思うたあ」

「どしたん」

「ジェームズ・ボンドに見られたんよ!」


戻って来たウエイトレスは、両手で顔を覆った。


(続く)




0 件のコメント:

コメントを投稿