「『モンブラン』の印というのはね」
と、広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で『少年』の父親は、自身のモンブランの万年筆を『少年』に見せながら、説明した。
「これだよ。『ホワイトスター』といってね、アルプスの『モンブラン』の山頂の雪をイメージしたものなんだ」
と、『少年』の父親は、自身のモンブランの万年筆の『ホワイトスター』を見せた。
「あ、本当だ!雪みたいなマークだね!」
『少年』は、『モンブラン』山頂で太陽光を受けたように眼を輝かせた。
「父さんの『モンブラン』には、『ホワイトスター』以外にも『モンブラン』の印があるんだ」
と、恥知る男ではありながらも、『少年』の父親は、自慢げに、自身のモンブランの万年筆のペン先を息子に見せた。
「え、何、これ?」
ペン先には、『4810』と刻印されていたのだ。
「これはね、『モンブラン』の標高なんだ。『モンブラン』は、4810メートルあるんだ。富士山が、3776メートルだから、富士山よりも1000メートルあまり高いのさ」
「凄いねえ!でも、どうして、お父さんの『モンブラン』には、『4810』とあるの?他の『モンブラン』にはないの?」
「父さんのこの『モンブラン』は、『マイスターシュテュック』といって、特別な『モンブラン』なんだ」
「『マイスター…..』って?」
「うん、そうだなあ。『マイスターシュテュック』は、英語なら『マスター・ピース』という人もいるが、ちょっと違うように思う。『マイスターシュテュック』って、こう書くんだ」
『少年』の父親は、またまた紙ナプキンにモンブランの万年筆で、今度は、『Meisterstück』と書いた。
「『stück』は、『部分』とか『もの』という意味だから、英語では、『ピース』と考えていいだろう。でも、『マイスター』(Meister)は、英語の『マスター』(Master)に、音も意味も似てはいるけど、ちょっと違うと思う。英語の『マスター』は、主人とか支配者とか、船長なんかの何々『長』という意味で、その中には『師匠』とか『親方』とか『名人』とかいう意味もあって、これは、ドイツ語の『マイスター』に確かに近い。でも、ドイツ語の『マイスター』は、『匠』ではあるけど、ただの名人ということではなく、高等職業能力の国家資格なんだ。その『マイスター』になるには、『ゲゼレ』(Geselle)という、まあ、『職人』という、これも国家資格を得て、それから経験を積んでから、試験に合格しないといけないんだ」
という『少年』の父親の少々難しい説明の言葉の一部を耳にした周囲の別のテーブルの家族たちが、囁きあった。
「『パパ』さん、なんか難しいこと云いよってじゃ」
「『マイスター』云うてじゃったよねえ?」
「ほう聞こえたよ。やっぱり、息子さん、『ジェームズ・ボンド』みたいな『スターなんじゃないんかねえ」
「ほうじゃね。じゃけえ、自分の息子のことを『マイスター』云うたんじゃろ」
(続く)
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