2021年11月26日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その59]

 


「奥様、お待たせしました」


広島の老舗デパート『福屋』の大食堂のウエイトレスが、『少年』とその家族のテーブルにやって来た。『少年』の母親が、手を挙げ、合図して来たのだ。


「あ、長居して申し訳ありませんわ。デザートをお願いしていいかしら」


『少年』の母親は、食事を終えた後も、夫と息子とが、ハンバーグに端を発し、ドイツの製品やらドイツ人について、更には、ドイツに関連して第1次世界大戦、第2次世界大戦について話し続けていることを気にしていたようであった。


「はい、もちろん!何になさいますか?」


と、ウエイトレスは、『少年』の母親にメニューを差し出した。しかし、


「アイスクリームがいい!」


『少年』の妹が、躊躇なく宣言した。デパートの食堂で食べるアイスクリームは、格別なものであることを知っていたのだ。


「じゃあ、アイスクリームを4つお願いしますわ」


『少年』の母親は、話に夢中になっている夫と息子の意思を確認することなく、家族全員分のアイスクリームを注文した。


「はい、奥様!」


と、ウエイトレスが、楽しげに尻を左右に振りながら、厨房の入口の方に帰って行った時、


「ヒットラーって、悪いドイツの象徴みたいな人間、異常な人間だったんでしょ」


と云いながら、『少年』は、眉間に嫌悪を浮かべた。


「ヒットラーが、ユダヤ人にしたことなんかは、確かに酷く、異常だ。それは間違いない。しかし、ヒットラーという人間が、ただただ異常であったかかどうかは知らない。むしろ、頭は良かったのかもしれない」


と、『少年』の父親が自らの推測を語ったのは、長く極秘扱いされていたアメリカ陸軍ヨーロッパ司令部情報部により作成された『ヒトラーのメディカル・レポート』が、公開される5年前のことであった。


「だから、ドイツ国民は、ヒットラーを支持したのだろう。支持した、というよりも、煽動された、というべきかもしれない。ユダヤ人を迫害したのも、それは決して良いことではないが、共通の敵を作ることによってドイツ国民を一つにまとめようとした策だったのかもしれない。国民は、いや、人間は、意外に簡単に騙され、煽動されるものなんだ。人は、単純化された問いには、弱いんだ。『YES』か『NO』か、どちらかと問われれば、『YES』か『NO』かのどちらかと答えるものなのさ。その『問い』そのものについて、その前提について確認せずにだ。『YES』でも『NO』でもない状態、状況もあり得ることに思いを至らせないのだ」

「そうだよね。質問によっては、答えは、『YES』と『NO』だけじゃないかもしれないし、『1』と『2』と『3』以外にも答があるかもしれないよね」

「ナチス・ドイツのような状況は、戦前の日本もそうだったかもしれないし、他の国でも、そして、今後もどこかで、同じようなことは起きるかもしれないんだ。だから、我々は、父さんもビエールも、常に気をつけていないといけないんだ」


と云いながら、虚空を凝視める『少年』の父親の眼球を見た人がいたら、予言者が手をかざす水晶球かと思ったかもしれない。





(続く)




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