「焼いたタルタルステーキの名前が、ハンバーグになったのはね」
と、広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で、『少年』の父親が、ハンバーグの名前の由来について問う娘(『少年』の妹である)の質問に答えていた。
「ハンブルクからアメリカに移民した人たちが食べる焼いたタルタルステーキを見て、アメリカの人たちが、『ハンブルク』風のステーキと呼ぶようになったからなんだ」
「『ハンブルク』風のステーキだから、『ハンバーグ』?」
と、『少年』の妹は、まだ納得していなかった。
「『ハンブルク』は、こう書くんだ」
『少年』の父親は、第食堂のテーブルの上にあった紙ナプキン・ホルダーから、紙ナプキンを1枚とり、そこにモンブランの万年筆で『Hamburg』と書いた。
「これは、ドイツ語だと『ハンブルク』と読むんだが、英語読みすると『ハンバーグ』なんだ」
「へえ、そうなんだあ。ハンバーグは、元々はドイツの料理なんだけど、『ハンバーグ』って言葉は英語なのね」
「そうだ。ドイツでは、ハンバーグのことを『ハンバーグ』とは云わず、『フリカデレ』(fricadelle)と云うらしい。で、その『フリカデレ』(fricadelle)という言葉は、デンマークの『フレッカデーラ』(fricadeller)から来たみたいなんだ」
「え?ハンバーグって、『タルタル人』の料理が元じゃなかったの?デンマーク料理だったの?」
「よくは知らないんだが、デンマークの『フレッカデーラ』は、フライパンであげたミートボールで、まあ、肉団子みたいなものだな、その形が、ハンバーグに似ているらしいだ。だからじゃないかな。『フレッカデーラ』(fricadeller)という言葉は、更に、ラテン語の『フリゲーレ』(frīgere)から来ていて、『フライにする』、つまり、『油であげる』という意味らしいんだ。『フリカデレ』(fricadelle)という料理は、フランスやベルギーにもあって、やはりミートボール、そう、肉団子なんだが、形は、団子じゃなく、細長くてソーセージみたいな形らしい」
という『少年』の父親の滔々たる説明ぶりが耳に入ってきた周囲の別のテーブルの女性たちが、囁きあった。
「あれえ、あの『パパ』さん、料理研究家なんじゃろうかあ?」
「ほうよねえ、よう分らんかったけど、なんか料理、すごい詳しいよねえ」
「土井勝みたいな人なんじゃろうか?」
「んや、土井勝みたいに優しい話し方しちょってじゃけど、土井勝より美男子よねえ」
「広島で料理教室開いてんじゃろうか?」
「ウチ、習いに行きたいけえ」
「包丁の使い方から、手ほどきしてもらいたいよねえ」
「本当に、手を持ってもろうて手ほどき受けたいんじゃろ」
「何、云うんねえ!」
と、別のテーブルの女性たちは、はしゃいでいたが、『少年』の父親は、娘にハンバーグの説明を続けていった。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿