「ワタシ、お子様ランチ食べられなくなるの嫌だ」
それまで黙って、広島の老舗デパート『福屋』の大食堂のお子様ランチを食べていた『少年』の妹が、口を開いた。自分の父親が、兄との会話で、選挙に立候補して落選したら、お子様ランチも食べられなくなる、と話したからである。
「ボクは、ハンバーグ定食を食べられなくなっても構わないよ」
『少年』は、毅然とした言葉を云い放ったが、
「でも、おかしいと思う。お父さんみたいな立派な人が、選挙に立候補できないなんて」
と、容易には選挙に立候補できない自分の父親の立場には理解を示すも、父親が立候補できない制度、環境には、異を唱えた。
「父さんは、立派ではないが、議員になって然るべき人が立候補できないことは、確かに問題だな」
『少年』の父親は、カキフライ定食を前に、腕組みした。
「簡単には立候補できない選挙に、どんな人が立候補するの?」
「選挙で当選するのは、3つの『バン』が必要と云われているんだ」
「3つの『バン』て?」
「『地盤』、『看板』、『鞄』といってね、『地盤』は、立候補する選挙区で予め支持してくれる人たちや組織があること、『看板』は、看板のように一般によく認知されていること、まあ、知名度が高い、ということだな。で、『鞄』は、お金の入った鞄のことで、要するに資金力がある、ということなんだ」
「ええー!それは、おかしいよ。普通の人は、そんな3つの『バン』なんて持ってないよ」
「そうだな」
「3つの『バン』が必要だったら、お金持ちとか、有名人なんかじゃないと立候補できないじゃない」
「それか、議員の子どもとか孫とか、兄弟とか秘書といった後継者だろうな」
「そんな3つの『バン』がなくても、お父さんのように、議員になった方がいい立派な人がいるのに、そんな人が立候補できない選挙っておかしいよ」
「ビエールの云う通りかもしれないなあ。でも、今の選挙制度というか議員というものはそういうものなんだよ」
「そんな3つの『バン』を持っている人たちだけが立候補している選挙で投票しても意味ないんじゃないの?そんな選挙で投票したら、変な政治制度を認めたことになるんじゃないの?」
「立候補している人が皆、3つの『バン』を持っているというものでもないし、投票しないと、それはそれで、政治がどうなってもいいということになるんだよ」
と、さすがの聡明な父親も、少々たじろぎ、息子の興奮をなんとか抑えようとした。その様子を周囲の別のテーブルの家族たちが、窺っていた。『少年』とその家族の会話は、その一部を聞こえてはいなかったが。
「政治評論家じゃのうて、政治家なんじゃないん」
「ほうじゃねえ、『地盤』、『看板』、『鞄』とか云うとってじゃったけえね」
「後継者がどうのこうのとも云うとってじゃったねえ」
「ほいでも、政治家にしちゃあ、美男子すぎるんじゃないん」
「ほうよねえ、息子さんも、政治家になるよりも映画俳優になった方がエエ思うんよ、ウチ。ジェームズ・ボンドみたいじゃけえ」
「ウチも、ああような美男子の子、広島で見たことないけえ」
「んんや、一人おるんよ」
「え?」
「皆実小学校におったんよ。この前、卒業したんじゃけど、アラン・ドロンみたいな子がおったんよ」
それは、まだ『ジェームズ・ボンド』少年と『アラン・ドロン』少年とが、広島皆実高校の1年7ホームで同級生となる3年前のことであった(広島皆実高校では、クラスのことを『ホーム』と呼んだ。今でも[2021年である]そうかもしれない)。
(続く)
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