「あ、あ、どう致しましたあ」
動揺したウエイトレスは、『少年』に対して、『どう致しまして』と云えず、意味不明だが、気持ちは伝わらなくはない言葉を口にした。『少年』とその家族が来た広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で、ウエイトレスが、『少年』の注文したハンバーグ定食を、テーブルの『少年』の前に置いた時、『少年』から『有難うございます』というお礼の言葉を受けたのだ。
「(んぐっ!)」
ウエイトレスは、立ち竦んだまま、両脚を窄めた。ウエイトレスが、『少年』から、『有難うございます』という言葉だけではなく、無垢とも高貴ともいえる爽やかな視線も受けてしまったのだ。
「父さん、でも、その永井という国会議員は、どうして、その『北極星』という洋食屋に名前を考えてあげたの?それに、何故、国会議員って、『先生』なの?」
と、『少年』が質問し、父親がその質問に、
「え!?.....」
と狼狽えた様子を見せたのを幸いに、立ち竦んだままとなっていたウエイトレスは、逃げるように厨房の入り口に向った。
「永井という国会議員はな、石川県の出身だったんだそうだ」
『少年』の父親は、なんとか冷静を取り戻し、説明を始めた。
「で、『北極星』の主人も石川県の出身だったそうだから、同郷のよしみというか、同郷で親しかったんだろう。それで、店の名前を考えてもらったんじゃないのかと思う」
「店の名前を考えてくれた偉い人だから、永井という国会議員は、『先生』なの?」
「いや、そういうことではないんだ。永井という国会議員の人自身は、本当に偉い人だったかもしれない。店に、仕事に、志を持たせようとしたのかもしれないからな。ただ、国会議員に限らず、政治家のことを一般に『先生』と呼ぶんだ」
「政治家って偉いの?」
「ふふ。いい質問だ。政治家は、まあ、政治家全員が、とは云わないが、『エライ』と云えば『エライ』だろうな」
「と、父さんがそんな云い方をするっていうのは、政治家は本当は偉くないんだね?」
「さっきも云ったように、『偉い』とはどういうことかが問題なんだ。言葉の定義だな。政治家は、態度が『エライ』人が少なくない」
「ああ、本当に『偉い』んじゃなくて、他人を見下すような態度をとるという意味の『エライ』だね。でも、選挙の時は、一所懸命、頭を下げて、『よろしくお願いしま~す!』って云ってるじゃない?」
「ああ、選挙前はな。でも、当選したら、途端に『エラ』くなっちゃうんだな。議員になると、政治家は、権力を持ったりするからな。だから、議員は、地元の人の陳情を、まあ、お願いだな、それを実現しようとしたり、色々と面倒をみたりするし、明治時代なんか、議員には書生がいたりして、書生っていうのは、住み込みで勉強なんかする人のことなんだが、まあ、そんな議員に面倒を見てもらった人や書生なんかが、『先生』と呼ぶようになったんじゃないかなあ。う〜ん、あくまで想像だけど」
「権力を持つから、悪いことだってしちゃうんだね、政治家って。『黒い霧』だってそうなんでしょ?」
という『少年』の言葉に、『少年』の父親は、一瞬、沈黙した。
(続く)
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